増税見送りでも、日本経済の停滞懸念消えず 金利上昇は限定的、海外勢は国債買いへ

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 10月22日、消費再増税に対する政府の最終判断をめぐり、金融市場では多様な思惑が交錯してきた。これまで増税決行が市場のメーンシナリオだったが、景気減速感が強まってきたことで、先送り論も台頭。都内で5月撮影(2014年 ロイター/Yuya Shino)

[東京 22日 ロイター] - 消費再増税に対する政府の最終判断をめぐり、金融市場では多様な思惑が交錯してきた。これまで増税決行が市場のメーンシナリオだったが、景気減速感が強まってきたことで、先送り論も台頭。

カギを握る債券市場には、増税先送りでも金利上昇は限定的との見方が多い。日銀の大量購入だけでなく、運用難の投資家が手ぐすねを引いて金利上昇を待っているためだ。ただ、日本経済の長期停滞リスクを意識し、増税に賛成する声も根強い。

メーンシナリオは再増税、財政規律路線を継続

年内に下される再増税をめぐる政府判断。金利水準や市場参加者のポジショニングにも影響されるため、今から相場への影響を相場を推し量ることは難しいが、市場のメーンシナリオは再増税実施。基本的に財政規律路線が踏襲され、債券のサポート要因とみるのが一般的だ。

市場では、景気低迷時の増税で、国民生活の痛みを政策対応でどう和らげるかに関心が向いている。SMBC日興証券・金融財政アナリストの末澤豪謙氏は「増税の影響に備えた経済対策をパッケージにするのではないか。12月にかけて補正予算を組み、日銀による追加緩和の可能性もある」とみる。

一方で、再増税先送り論が急浮上してきた背景には、今年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられた後、景気の落ち込みが予想よりも急激だったことがある。4─6月期実質国内総生産(GDP)は、年率換算でマイナス7.1%(2次速報)。7月以降も生産・消費が低迷し、景気後退期入りの可能性も現実味を帯び始めた。

海外勢の国債買い活発、日本経済の長期停滞リスク浮上

実際、マクロ経済の誤算に対し、海外勢は敏感に反応している。昨年、アベノミクスへの期待感から日本株を積極的に買い増した海外勢は、今年に入り安全資産とされる日本国債への投資を活発化させている。

財務省の対外・対内証券売買契約の状況(指定報告機関ベース)によると、海外勢は今年4月─9月に対内中長期債を5兆9134億円と大幅に買い越し、前年度に2兆5000億円を売り越した投資姿勢から一変した。「物価高や消費増税の影響を吸収できず、日本経済が長期停滞するリスクを織り込み始めたのではないか」(国内金融機関の債券担当者)との声が出ている。

増税延期なら財政規律に遅れ、需給相場が売り抑制

債券市場のリスクシナリオは、言うまでもなく増税先送りだ。しかし、財政再建の遅れで失望売りが出たとしても、金利上昇は限定的との見方は多い。

邦銀の債券関係者は、仮に海外勢から売りが出て「イールドカーブが多少ベアスティープするかもしれないが、国内勢は絶好の押し目買いの好機としてとらえるのではないか」と話す。

国家財政に懸念が生じると、どこからともなく「国債暴落」や「金利急騰」のシナリオがささやかれる。しかし、1国・1通貨で、中央銀行が通貨発行権を持つ「通貨体制」、かつ経常黒字で巨額な対外純資産を抱える状況下で、現在の安定した国債消化構造が簡単に崩れるリスクは小さい。

また、日銀の「量的・質的金融緩和」(QQE)による大規模な国債買い入れが、需給相場の様相一段と強めている。

みずほ証券・チーフマーケットエコノミストの上野泰也氏は「増税を延期しただけで、日本の機関投資家が日本政府を信用できなくなるかというと、そのようなことはない。増税の撤回でもなく、財政規律の崩壊でもないため、悪い金利上昇はごく一時的な動きであり、レベルでいえば、10年債利回りで0.7%ワンタッチがあるかどうか」との見方を示している。

問われる政権の政策実行力、懸念される政局リスク

景気不安を抱える中で、政府判断がどちらに転んでも、結局、日本経済の長期停滞を意識することになるのではないか──。国内金融機関のクレジット関係者がこう見方を話す。政府判断の如何で、相場の上げ下げがどうなるかといった表層的な議論以上に、政権の政策実行力とファンダメンタルズへの影響を気にする。

国内最大の格付機関、格付投資情報センター(R&I)・シニアアナリスト(日本国債担当)の関口健爾氏は「巨額の政府債務を抱えている現状からみて、財政再建は待ったなしだ。経済成長がもたらす税収増を待っている余裕はなく、増税による税収確保や歳出抑制に早期に取り組む必要がある」と警鐘を鳴らす。

その上で、日本国債に付与されているAA+の格付けには、消費増税が前提となっていることから「増税先送りはクレジット上、ネガティブな要因に働く」と指摘する。経済動向や15年度のプライマリーバランスの赤字半減目標の達成といった材料を点検した上で、アクションの是非を検討する方針だ。

消費増税法案に景気弾力条項が付帯されているとはいえ、増税を先送りするためには新たな法案提出が必要。大和証券・チーフエコノミストの永井靖敏氏は「15年度までにプライマリーバランス(基礎的財政収支)の赤字半減目標という国際公約があるため、増税見送りの場合に新たな財源確保が必要。また、来年度予算編成と同時進行で、新たな法案を作成することは事実上困難だ。法律で決まっている増税を変えることは、アベノミクスの信認に影響を与えかねない」と指摘する。

外資系証券でクレジットアナリストとして活躍し、2012年に投資助言会社「ジャパン・クレジット・アドバイザリー(JCA)」を設立した大橋英敏社長は、金利動向よりも円相場に着目する。仮に再増税に絡んで金融・財政政策が発動された場合、一段の円安が進む可能性があるためだ。

大橋氏は「資産効果を享受できる個人富裕層と資産が少ない低所得者層、輸出関連の大企業とコスト高に苦しむ中小企業といったように、個人や企業で格差が拡大が予想される」と話す。

その上で「国民の不満が高まり、内閣支持率が下がってくれば、日本の政治基盤が揺らぐことになりかねない。政権人気のバロメーターである株価も下がってくるのではないか」と、日本経済の低迷リスクを口にする。

増税判断は、来春の統一地方選、16年夏の参院選、そして衆院の解散・総選挙のタイミングといった政治日程とも複雑に絡む。大橋氏はせっかく安定化したと思われた日本の政治に、消費増税の判断というイベントをきっかけに、不透明感が増す可能性を懸念している。

 

(星裕康 編集:伊賀大記)

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