AKB48が、「非メディア頼み」でも強い理由 意外に地道だからこそレジリエントな仕組み

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AKB48は、そういう意味では低コストの運営手法と同時に、高効果の育成手法というもうひとつの宝を同時に手にしていたといってよいでしょう。今でも、AKB48の各グループは盛んに公演を行っています。研究生や候補生も含めて、ここしか露出機会がないというメンバーも多いですが、逆にマスメディアでの露出が多いメンバーも機会を見つけてはAKB劇場の舞台に上っています。それは、ファンとの距離が近い、小さなステージの重要さを物語っているように筆者には思われます。

メディア頼みにならずとも、それなりに続けられる

このように、仮にマスメディアがAKB48を取り上げなくても、AKB48はそれなりに永続できるビジネス設計になっていました。そこで、ファンの「物語」を蓄積し、ARPUの高いファンによって維持されるコミュニティビジネス的なやり方も、AKB48はとることが可能でした。

図らずも、2008年ごろからAKB48の存在感は急上昇しましたが、事業を始める当初は、その爆発のタイミングがいつ来るかは秋元康氏をはじめとしたスタッフにもわからなかったでしょう。ただ、AKB48は、その爆発の時をじっと待てるという、強い設計があったわけです。

私たちは、新規ビジネスを起ち上げようとするときに、しばしば自分に都合よく世の中が回ることを夢想します。人間とはそういうものなのでそれ自体は当然なのですが、自分の思いどおりに行かない場合にどうするか、という設計は、意外と見落としがちなものです。かつておニャン子クラブで大成功を収めた秋元康氏が、こうした地道で、強靱なプロジェクト設計をしたことは、AKBの成功を見るとき、忘れてはいけないでしょう。

運営が手を抜くプラットフォームは成功しない

さて、このようにAKBは実にいろいろな工夫を凝らしたプラットフォームビジネスだといえます。しかし、プラットフォームビジネスというと、なんだかGoogleやAmazon、Appleのように、ひとつプラットフォームを成功させれば、後は左うちわでビジネスが拡大する、と思われがちです。

いえいえ、そんなことはありません。AKBの運営(こうしたプラットフォームビジネスを担う人々は、しばしば親しみを込めて「運営」と呼びならわされる)は、そんな左うちわはせずに、各メンバーとファンが「AKB」という場を介して間接的に結び合う構造を維持し、活性化するために、たゆまぬ努力を払っています。

たとえば、「握手会」。最近、暴漢が乱入して大事件になりましたが、これは警備費を含めたコストの大幅な上昇要因となっています。そればかりではなく、そもそもアイドルをファンと1対1で握手させることそのものがアイドルにとって危険ではないか、という社会的批判すら一部では上がりました。しかし、それらを乗り越えて、AKBはこの握手会を続けるのです。

AKBグループの複雑な構造もそうです。AKBの各メンバーの成長劇をワンパターンなものにしないためにも、この複雑な構造が準備されていると書きました。そのために、AKB48の構成は、今も普段の変更の過程にあります。運営は今現在の構造を放っておかず、メンバーの移籍や再編成、新ユニットの起ち上げその他の形で、メンバーたちの活動にツッコミを入れ続けます。

一般企業とのコラボでAKB内に新しい構造を作る

特に最近は一般企業とのコラボで、AKBの中に新しい構造を作ることを盛んに進めています。ユーキャンとのコラボによる「チャレンジユーキャン!」は、勉強が苦手と公言するメンバーに、ユーキャンで勉強して資格を取らせる企画で、昨年の横山由依から始まり、2014年も川栄李奈で継続中です。

また、グリコと提携した「大人AKB」は、30歳以上という条件の全国オーディションでの期間限定選抜企画です(このオーディションで選ばれた塚本まり子はすでに活動期間を終えてAKB48を卒業したが、これをきっかけにモデル活動に入った)。バイトルとコラボした「バイトAKB」、活動期間、時給1000円で活動するというアルバイト契約のメンバーをバイトルで募集する企画も、話題になりました。

AKBの運営は眠りません。構造上は各メンバーとファンとの間を取り持つプラットフォームで、もちろんルーチン的機能も多くありますが、そのルーチン的遂行に甘んじることなく、AKBの運営は、今の地位にあってもなお、それぞれを活性化するための努力を続けているわけです。今のAKBの人気も、その賜物だと言えるでしょう。

このように、アイドルのビジネスはさまざまな工夫と努力を重ねています。次回は、このAKBのビジネスモデルに大きな影響を与えた、ハロープロジェクトとモーニング娘。から、現代のグループアイドル戦略の由来と狙いに迫りたいと思います。

 

(お知らせ)
新刊『アイドル国富論――聖子・明菜の時代からAKB・ももクロ時代までを解く』の刊行を記念し、“境真良×斎藤環×松井孝治 アイドル論の臨界点~アイドル×日本×経済"と題するイベントを11月7日(金)19:00より、ゲンロンカフェ(五反田)で行います。詳細は、こちらをご覧ください。

 

境 真良 国際大学GLOCOM客員研究員・経済産業省国際戦略情報分析官(情報産業)

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さかい まさよし / Masayoshi Sakai

国際大学GLOCOM客員研究員、経済産業省国際戦略情報分析官(情報産業)
1968年東京都生まれ。学生時代よりゲームデザイナー、ライターとして活動し、1993年に東京大学を卒業、通商産業省に入省。経済産業省メディアコンテンツ課の起ち上げに課長補佐として参画。その後、東京国際映画祭事務局長、早稲田大学大学院客員准教授、(株)ドワンゴ等を経て、現職。専門分野はIT、コンテンツ、アイドル等に関する産業と制度。TwitterID:@sakaima。著書に『テレビ進化論』(講談社、2008年)、『Kindleショック』(ソフトバンククリエイティブ、2010年)『アイドル国富論』(東洋経済新報社、2014年)ほか。モノノフ。

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