アメリカで盛り上がる移民排除への動き--ジョセフ・S・ナイ

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 ある研究によると、移民増加がもたらす短期的な経済効果は比較的小さく、非熟練労働者の競争を激化させる一方、熟練の移民労働者は特定の経済部門にとって重要な存在になる可能性が指摘されている。

たとえば大卒の移民が1%増えれば、一人当たりの特許件数が6%増える。98年には中国とインド生まれのエンジニアがシリコンバレーのハイテク企業の25%を経営しており、それらの企業の売上額は178億ドルに達していた。05年時点の調査によると、過去10年間のテクノロジー企業設立の25%に外国生まれの移民がかかわっていた。

同様に移民はアメリカのソフトパワーにも貢献する。彼らが本国の家族や友人と関係を維持することで、アメリカに関する正確で前向きな情報が伝達される。しかも、多様な文化が存在することで、アメリカはより幅広い視点で外国を見られるようになる。移民はハードパワーとソフトパワーを薄めるのではなく、その両方を強化しているのだ。

米中関係を長年見てきたベテランの政治家は、「わが国は世界中から最も優れた人々を引き付け、創造的文化の中に組み込むことができるので、中国はアメリカを追い越すことはできないだろう」と語っている。彼の見解では、中国は国内に大量の労働者が存在しているが、中華思想的な文化があるため、アメリカほど創造的ではないのだ。

高失業率時代にあって、アメリカ人が移民との競争に反対したくなる気持ちは理解できる。しかし、アメリカで行われている移民議論が、アメリカの強さの源泉の一つを切り離す政策に結び付くことになるとすれば、それは皮肉なことである。

(週刊東洋経済2010年10月2日号)

Joseph S. Nye, Jr.
1937年生まれ。64年、ハーバード大学大学院博士課程修了。政治学博士。カーター政権国務次官代理、クリントン政権国防次官補を歴任。ハーバード大学ケネディ行政大学院学長などを経て、現在同大学特別功労教授。『ソフト・パワー』など著書多数。

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