「銭湯好きじゃない男」が継いだ銭湯の意外な展開 松本「菊の湯」から事業継承に悩む人が学べる事

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「市内には他にも銭湯はあります。だから、ここがなくなってもヨソに行く手はある。でも、ここに来ている人たちには、ここが自分にとっての風呂なんだろう、一人暮らしのお年寄りにはここだけが外出の機会、社会のすべてという人もいるだろう、だとしたら、ここがなくなるのはよくない。一瞬のうちにそんなことを思いました」。

宮坂さんは驚いた。当然だ。収益の上がっている、将来性のある仕事ならいざ知らず、現在はなんとかやっていけているものの、顧客の大半は高齢者で先が見えない仕事を家族でもない他人が継ぐ。建物転用のアイデアを期待していたのに、そんな思いもよらぬ答えが返ってくるとは思わなかったのだ。   

菊地さんの活動に注目していた

「いやいや、続けるのは難しい。きつくて儲からない仕事を継いでもらうわけにはいかない」という宮坂さんに、菊地さんは収支計画書を作って説得をした。

リノベーションをしてデザイン、場の雰囲気を変えて子育て世代の若い層を新規に呼び込む、化粧水その他を用意して手ぶらで利用できるようにする、オリジナルグッズを作る、イベントやフェアをするーー。現在の菊の湯で行われているあの手この手を盛り込み、問答を繰り返した。そのうちに宮坂さんが折れ、8月には菊地さんが銭湯を継承することが決まった。

と、ここまでの話を聞いて不思議に思ったのは、そんなに大事な相談を2度ほどしか会ったことがない、この街で店を出して10年と経っていない菊地さんにするのはずいぶん唐突ではないかということ。聞いてみると宮坂さんは最初にカフェを出して以来、ずっと菊地さんの活動に注目をしてきたそうだ。

菊地さんは、現在地に移転後、旧店舗の2階から上を松本への移住希望者が中長期滞在できる宿「栞日INN」として改装して運営し、2019年には蔵を改装したギャラリー「栞日分室」をオープン。また2014年から開催している木崎湖畔でのイベント「ALPS BOOK CAMP」はいまや長野の夏の風物詩に(2020年は中止)と開業以来、活動は年々広がっており、多くの人たちに支持されている。

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