「科学で感覚を磨く」、それが"究極のID野球" 運動動作解析の第一人者、川村卓氏に聞く

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科学やデータが信用されるのは、万人に対して同じ物差しで説明できるからだ。事象を客観的に眺めることで、浮かび上がってくる真理や法則がある。データ採取の方法論さえ間違っていなければ、数値はウソをつかない。

一方、野球界の指導は長らく、コーチの感覚に頼って行われてきた。いわゆる職人のような世界で、指導者が自分の目で見て選手に教えるのが当たり前だ。一流の目利きが名プレイヤーを育ててきたのは事実だが、コーチ、選手という他人同士では互いの感覚を理解できないこともある。自分に合った指導者と巡り会えないまま、ユニフォームを脱ぐことになった選手も少なくない。

現場の感覚が重視される野球界では、川村の取り組みに拒絶反応を示す者も珍しくないという。バイオメカニクスを通じて示されるのは、あくまでプレーの平均化だからだ。

たとえば、球速150キロメートルのストレートを投げる投手たちの動作解析を行うとする。ピッチングの動作において足や腕、ヒジなど身体の部位がどれだけの力を生み出しているか、それぞれに数値を計り、平均値を出すのがバイオメカニクスの手法だ。

この方法論に批判的な者たちは、「その投げ方は、誰のものでもないだろう?」と反発する。平均値はあくまで複数の投手から算出されたものであり、特定の選手の能力を表したものではない。バイオメカニクスで150キロメートルを投げる際の足、腕、ヒジによる力の数値がわかったところで、豪速球を投げる方法の解答になっていないというのだ。

「ようやく僕らの出番が来たな」。批判を受けた川村は、むしろチャンスと受け止めた。130キロメートルのボールしか投げられない投手を能力アップさせるためには、まずは同じ方法でそれぞれの部位について計測する。そこで出た数値を150キロメートル投手の平均値と比べることで、「足の力は150キロメートル投手と同じように使えているが、腕の数値が低い」と改善点を見つけることができる。自分の長所と短所を知れば、トレーニングの効果、効率を高めることができるのだ。

精神的な問題も解決できる

川村の挑戦は、野球界の難問にも及んでいる。そのひとつが、「イップス」と言われる症状だ。

もともとはゴルフで使われていた用語だが、現在は、「精神面の問題などでスポーツの動作に支障をきたす状態」として知られている。プロ野球でも、イップスに陥る者は少なくない。一塁を守る怖い先輩が守備練習中、「胸に来た送球しか捕らない」と内野手の後輩をいじめ、少しでも胸から逸れたボールは本当に捕らなかったため、短い距離を正確に投げられなくなった選手がいると聞いたことがある。イップスが厄介なのは、精神的な問題により、小学生でもできるような基本プレーに支障が出るからだ。

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