小田急、混雑が生んだ「ワイドドア車」の試行錯誤 巨大扉で通勤ラッシュに応戦、座席なし機能も

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ただ、ドアが大きいと開閉にはそれだけ時間がかかる。当時を知る乗務員は「最新ではあったが、扉が広く閉まるのが遅いため、扉の開け閉めに苦労した」。運転士経験者も「扉がなかなか閉まらないので発車したいけど動けない。それで遅延してしまうことがあった」という。さらに、一般の車両とワイドドア車を連結した場合は編成の前後でドアの開閉タイミングが異なるため、「車掌は扱いが難しかったでしょうね」と語る。

また、開口部の大きなワイドドア車は車体を強化したために一般の1000形より若干重い。小田急によると加速度は同じだが、「やや加速が低い感じ」と違いを語る運転経験者も。これはプロならではの感覚だろう。「最新の車両に比べると運転操作の難しい車両になるが、だからこそ運転士としてやりがいを感じる。運転して楽しい車両だった」との声もある。

そして、輸送力アップに向けて導入した座席折りたたみ機能は、営業運転では一度も使われなかった。すでに山手線では座席収納式の車両が走っていたが、「小田急線は乗車距離が長く、本当に全員が立ちっぱなしでいいのか、座ろうと思っているお客様もいるのに全く座席がないというのはどうなのか」といった議論があったという。ワイドドア車は最終的に36両導入されたが、後に製造した16両は座席折りたたみ機構をやめ、初期の車両も後年撤去した。

通勤ラッシュの変遷を物語る車両

小田急は1995年、1000形の後継車としてドア幅を一般的な車両より30cm広い1.6mとした「2000形」を導入した。ドア間の座席は一般的な車両と同じ7人掛け。1000形ワイドドア車の教訓から、ドアの広さと座席数のバランスを取った構造となった。

ワイドドア車もこの車両に合わせ、1997年度にドアを1.6m幅に改造。外からの見た目はほぼ変わらないが、開いた際に両側のドアが完全に戸袋に収納されず、20cmはみ出す形になった。1.6m幅のドアは1つの最適解として2001年度に導入した「3000形」の初期車両も踏襲したが、翌年度以降の車両は私鉄の標準規格に合わせて一般的な1.3m幅に戻り、ドア幅をめぐる小田急の試みはここに終わりを告げた。

最大の特徴である2m幅のドアが登場から数年で縮小され、新機軸だった座席折りたたみ機構も活用されずに終わるなど、「成功」だったとはいいがたいワイドドア車。だが、複々線化に長期間を要する中、少しでも混雑と遅延の緩和を図るべくさまざまな試みを盛り込んだ意欲的な車両であったことは確かだ。その複々線化は2018年春に完成し、コロナ禍で通勤ラッシュそのものも変わりつつある。残り1本となった1000形ワイドドア車は、平成年間のラッシュ対策の工夫と試行錯誤の歴史を伝える存在といえる。

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小佐野 景寿 東洋経済 記者

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おさの かげとし / Kagetoshi Osano

1978年生まれ。地方紙記者を経て2013年に独立。「小佐野カゲトシ」のペンネームで国内の鉄道計画や海外の鉄道事情をテーマに取材・執筆。2015年11月から東洋経済新報社記者。

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