水野和夫氏「第2の中世は寛容で創造的な社会」 「利益が嘘をついた」とき、「近代」は終焉する

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近代とは、経済的観点からみれば「無限空間」を前提としたうえで、法人格を有し永遠の命を獲得した営利法人が資本を無限に「蒐集」する(増やす)資本主義のうえに成り立つシステムをいう。このシステムがフル稼働するようになったのは18世紀末から19世紀初頭に始まった産業革命以降である。その後、資本の成長は地下資源に全面的に依存するようになり、地上の土地に制約されることはなくなった。

産業革命以前では、人間は水車や風車など自然エネルギーあるいは牛や馬などの筋肉エネルギーに頼っていた。牛や馬などの筋肉エネルギーを多く利用しようとすればするほど、牧草地を増やす必要があり、その分人間の食べる食糧生産が犠牲となって、人口増にブレーキがかかった。また人間は工場・店舗・オフィスビルそして住宅を望むだけ保有できなかった。

ところが、化石燃料は地下資源であるのでいつでも必要なときに欲しい量を、安価で消費することが可能となり、人間は「より速く」の手段、すなわち機械の高速回転によって大量生産が可能となり、効率化を促した。

しかし、ストックとしての地下資源が有限であるかぎり、機械を利用して売り上げを無限に増やし続けることはできない。先進工業国にとって機械を動かすエネルギーはコストであるからである。ITを含めた機械を最大限に利用することによって初めて売り上げを極大化できる。機械は地下資源エネルギーを大量消費することによって、最もパワーを発揮する。

現在の日本でゼロ金利が生じているのは、売り上げに関しては需要が飽和している(限界収益逓減の法則)からであり、コスト面からはエネルギー価格が高くなっていく(限界費用逓増の法則)からである。新興国は現在後者の制約を受けているが、いずれ世界は両方の面から制約を受けることになる。ゼロ金利・ゼロインフレの日本は数十年後の世界を先取りしているのである。

「長い21世紀」は「第2の中世」となる

F・ブローデルの大著『地中海』はイタリア・ジェノヴァの長期金利が1.125%まで低下した「長い16世紀」を扱っている。この時期、東西の海峡をイスラム世界に押さえられ閉じ込められた環地中海世界には魅力的な投資先がなくなり、富者と貧者の間に「深い割れ目」が生じ「越えがたい溝」ができた。ゼロ金利の21世紀も「越えがたい溝」が生じ、富の集中と貧困化が進行している。「長い16世紀」に起きたことと現在を比較することで、21世紀の課題がみえてくる。

これ以上膨張できない限界に達してしまった21世紀は「より近く、よりゆっくり、より寛容に」を基本原理としたシステムになっていかざるをえないであろう。この原理は中世社会の原則だったので、21世紀の社会を考えるには、ヘドリー・ブルの「新中世主義」とケインズの「わが孫たちの経済的可能性」が参考になる。

「より遠く、より速く、より合理的に」行動することで経済成長をはかりそれによってさまざまな問題を解決できると信じてきた近代は、地下資源である化石燃料に全面依存し、空間が無限に存在することを前提としてきた。

化石燃料が無制限に使える時代は終わり、グローバル化の結果、地球は「閉じた空間」となったのだから、ゼロ成長がせいぜいである。「より近く」が原則となれば、政治的には相互依存を前提として成り立つ国民国家の時代から極力相互依存しない「閉じた帝国(地域帝国)」の時代となるであろう。

「より遠く、より速く」という行動原理によって近代は「膨張」の時代となった。しかし、「より遠く、より速く」が今後不可能となれば、「収縮」の時代とならざるをえない。

「収縮」はまずデフレとマイナス金利をもたらし、次にゼロインフレ、ゼロ金利、ゼロ成長の「定常状態」となる。第2次世界大戦後の人口爆発の反動は、戦後最も急速な成長を遂げた日本で人口減少となってあらわれている。「収縮」を「より速く」進めれば、これまでの無理な膨張の反動で激震をともなうショックが発生し秩序が乱れるだけである。だから「収縮」のプロセスは「よりゆっくり」と進めなければならない。

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