(第44回)未病薬を健康生活に活かす(その2)

山崎光夫

 今日、当たり前のように使用している「漢方」という言葉だが、江戸時代にはほとんど使われていなかった。漢方以外の医療はなく、漢方医学があまりに当たり前、まるで空気のように存在していたので、「漢方」の言葉は使われていなかったのである。
 今日、われわれが医者にかかるとき、
 「西洋医学にかかってくる」
 と言わないのと同じである。

 江戸時代に「漢方」という言葉が使われ出したのは、後期になってオランダ医学が伝わり、これを「蘭方」というようになって、区別する必要が生じてからのことである。

 ところで、この漢方には、西洋医学にはない種々の特徴がある。その最も大きな特徴は、自然界にある材料--植物、動物、鉱物を使用する医術ということである。一方、西洋医学は合成化学が中心で、効果の有無を科学的に判定して、その根拠を元に治療に当たる。
 したがって、西洋医学には、効き目も効き方も患者によってまちまちな漢方を軽視する傾向がある。アメリカでは、漢方医療を「代替(だいたい)医療」と認識して、本格的な医学として見ていない。

 しかし、ここにきて、漢方が急速に見直されつつあるのは、西洋医学を補完する効果も顕著になっているからだろう。
 たかだか200余年の歴史しかない西洋近代医学と、3000年以上の歴史を持って生き残っている漢方では、時間の重みと信頼度の点では格段の差が出ても仕方のない話である。
 多くの西洋薬が臨床の現場から次々と消えるなかで、生薬を使用する漢方薬は1000年単位で残っている。

 この漢方医学の考え方に、「未病(みびょう)」の発想がある。未病は、本格的な病気になる前の段階。いわば、病気への助走の期間であり、この場面で的確な対応をとれば、病気にならずにすむ。

 漢方薬は自然界にある材料を使用するので、作用はおだやかであり、副作用も少なく安全性は高い。病気などしていられない人には強い味方となる。

 そこで、千葉・あきば伝統医学クリニックの秋葉哲生院長の指導をもとに、漢方を未病薬として積極的に応用する方策を模索する。

 「ボケないでいる何かよい方法はないか」
 という声は高齢化現象が進むなかよくきかれる。治療でも決定的な方法がないので予防も難しい。

 しかし、ここにきて、脳血管性痴呆の治療として、いくつかの漢方薬の有効性が報告されている。
 そのひとつ、釣藤散(ちょうとうさん)は、通常の治療では、慢性頭痛、めまい、肩こりに処方される。使用される生薬は、釣藤鉤(ちょうとうこう。アカネ科カギカズラの茎)、陳皮(ちんぴ。ミカン科ウンシュウミカンの皮)、半夏(はんげ。サトイモ科カラスビシャクの球茎)など、11種。原典は12世紀の医書にある。
 さらに、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)も臨床研究で痴呆症の改善を認めた報告がなされている。
 牛車腎気丸は、普通、足腰の弱った状態、排尿異常(頻尿や尿量減少)、口の渇きなど、加齢による機能低下現象に処方される。地黄(じおう。ゴマノハグサ科ジオウの根)、 牛膝(ごしつ。ユリ科イノコズチの根)、山茱萸(さんしゅゆ。ミズキ科サンシュユの果肉)など10種の生薬から成る。原典は13世紀の医書。

 こうした漢方薬が痴呆に対する有効性や、予防効果がさらに確認できれば朗報以外の何ものでもない。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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