ウクライナ紛争の奇々怪々 「侵略者」が突如、「調停者」になった

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これでは東部2州がウクライナ領に残っても形だけで、実際には独自の治安部隊、外交権、司法権を持つ独立性の強い自治州になりそうだ。プーチン氏の狙いどおり、2州の併合は避けつつ、親ロ的な自治州とし、緩衝地帯にする、との目標は達成されたようだ。ロシアが大部隊を侵攻させれば仲裁役にはなれない。それに至らない程度に分離派を支援し、調停者になって有利な停戦を実現したプーチン氏の辣腕には驚く外ない。

折しも9月4、5日には英国ウェールズでNATO首脳会議が開かれ対ロ戦略を協議。4000人の即応部隊の創設や、ウクライナの防衛力強化のため1500万ユーロ(約20億円)の援助などを決めたところへ「停戦合意成立」の報が飛び込んだため、NATOは肩透かしを食った形となった。米国などでは「停戦合意に実効性はあるまい」と期待を込めた観測が強かった。

目的が不明確

確かにその後も部分的に戦闘が起きたが、捕虜の解放が進み、早くも9月16日にウクライナ議会は分離派地域に「特別の地位」を与える法案を可決し、停戦合意は総体的には実行されている。EUもNATOに同調して9月5日、金融などでのロシアへの経済制裁強化を発表したところその日に停戦となったため間の抜けた形となり、一時様子を見たが米国が11日に同様の発表をしたこともあり12日に発動した。日本も24日の閣議了解で追随を決めたが、停戦となって約3週間も後に、調停者に対し制裁を強化するのは変な話で、何が目的か不明確。試合が終わった後に応援に行くサポーターのような格好だ。

ただ今後も自治権の具体的内容や分離派支配地域の線引き、地元の民兵と区別しにくいロシア人義勇兵の退去等々で厄介な駆け引きが続きそうだし、クリミアのロシアへの編入をウクライナは公然と承認できないから対立は解消しない。だが、対ロ経済制裁は西欧諸国にも打撃を与え、ユーロ圏では4~6月の成長率がゼロになっているから、今回一応停戦になった以上、これ以上制裁が強化される可能性は低く、徐々に事実上緩和に向かう公算が大きいのでは、と考える。

ロシアにとっての最大の懸念はウクライナがEUに加入を認められ、NATOにも加盟して米空軍基地がウクライナに出現したり、黒海沿岸のオデッサなどに米海軍基地ができたりすることだろう。それによりロシア人が孤立感、恐怖感を抱き「祖国防衛」に凝り固まったような政権が復活すれば、極東での隣国の日本にとっても大問題だ。だがロシアとNATOは97年5月に「双方は敵ではない」と宣言した「基本文書」に署名しており、NATOもこれを覆すことは考えていないし、どの国もウクライナでロシアと戦争する気はない。

NATOが4000人の即応部隊を編成するのは、バルト3国がウクライナ情勢を見て再併合の不安を抱くのをなだめるためで、その地域の飛行場などに燃料、弾薬などを備蓄し空挺部隊を緊急派遣できるようにする。これは04年からNATOに加盟しているバルト3国を守る姿勢を示し、ウクライナと一線を画す効果もある。

EUが今日ほぼ破綻状態にあるウクライナの加入を認めるには同国の財政、経済の根本的再建が必要で、仮にそれができるとしても相当先の話だ。NATOも、ウクライナを加盟させて防衛義務を負いロシアと対決するよりは、中立的な緩衝地帯として残すほうが得策、と結局は判断するかもしれない。

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田岡 俊次 軍事評論家

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たおか しゅんじ / Taoka Syunji

1941年生まれ。早稲田大学卒業後、朝日新聞社入社。防衛庁担当。アメリカ・ジョージタウン大学戦略国際問題研究所主任研究員なども務めた。

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