デジタルで加速する"視覚テロ"という難題 「イスラム国」の斬首映像が与える衝撃

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このテロの視覚戦略は一見原始的に映るかもしれない。だが、その効果の大きさもさることながら、その遂行もまた洗練されている。歴史上の覇者たちが他者を征服し、その者たちの寺院があった土地に自らの寺院を建立したように、ニューヨークのツインタワーを破壊した者たちは視覚的テロを用いて敵国民の価値観の根幹を揺るがしたのだ。

これこそがテロの目的であり、それはつまり、敵の規範的現実を不安定化させることである。慣れ親しんだ世界の安定を脅かし、内なる聖域を侵したとき、その土地を一掃し占領することが可能となってくる。

スハルト政権が行ったこと

たとえば、インドネシアのスハルト政権を考えてみてほしい。同政権は1966年から98年にかけて、共産主義の反乱者による残虐行為があると主張し、伝え、国民がテレビや映画館でそれを目にするようにした。そこで見せられていた凄惨な映像は、人々に恐怖を植え付けることを目的としたものだった。

極めて残忍な敵を前にして、さらに恐ろしい組織暴力の国家機構が生まれた。残虐行為とテロに関するスハルト政権の視覚戦略は、古い現実の終焉をもたらした暴力とテロを基に、新たな現実を作り出したのだ。

ネットで急速に拡散されたイスラム国の映像についても、同様の歪んだ理屈が働いている。悪に対峙する必要性は今、かつてないほどに高まっている。だが、欧米社会のモチベーションは明確さを失う可能性をはらんでいる。

なぜなら、理不尽な暴力を働く外部勢力に対峙することの是非を問うことと、残忍かつ政治的で、不安をあおるような映像を作り出す者たちに対して激しく応酬することとは別物だからだ。

だからこそ、イスラム国が示す脅威に対するわれわれの反応の根底にあるものが具体的に何なのかを、われわれは自分自身に問わなければならない。国家安全保障上の真の懸念事項に関する情報と、われわれを動揺させ、刺激することを意図した映像とを区別するのは決して簡単ではない。だが、重要性を考えれば、それが非常に意義深いことは間違いない。

残虐行為とテロの視覚戦略がいかに強力となりうるかは、あくまでわれわれがそれをどう受け止めるか次第だ。

だからこそ、その悪を排するには軍事力だけでは十分ではない。デジタル時代における暴力的な映像の戦略的使用について、われわれはもっと深く考えなければならないのだ。

週刊東洋経済2014年10月11日号

リチャード・K・シャーウィン
Richard K. Sherwin

ニューヨーク・ロー・スクール法学教授。Visual Persuasion Projectのディレクターも務める。

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