(第29回)貧富格差の拡大に経済政策は無対応

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 民主党が雇用確保の観点から非正規労働者に否定的な態度をとっているのは、大きな見当違いと言わざるをえない。資本家対労働者という図式から、「派遣をなくせばよい」という認識で派遣労働の規制が強化された。しかし、この規制は、労働者にとってはかえって酷だ。深刻な問題に直面しているのは、組合の力によって雇用が守られている正規の労働者ではない。組合の保護が及ばない非正規の労働者は、派遣が禁止されれば雇用そのものが消滅する。製造業の生産拠点の海外移転が進めば、雇用の総量はますます縮小するだろう。

最近の雇用調整では、正規雇用者の減少率も、非正規労働者の減少率に近い水準となっている。このことから、非正規労働者は、一般に考えられているように「雇用調整をしやすいから」増えたということではないと考えられる。より大きな要因は、社会保険料の雇用主負担だ。特に厚生年金保険料の雇用主負担は、賃金コストを引き上げる大きな要因になっている。新興国の工業化によって、低賃金労働による安価な製造業製品が増えた。これに対抗するために賃金コストの引き下げが必要とされ、その手段として社会保険料の雇用主負担が低い非正規労働者に頼ったというのが、実態だろう。

以上から明らかなように、現在の日本が抱える貧困問題、格差問題は、救貧対策で対応できるものではないし、対症療法で改善できるものでもない。90年代後半以降の貧困の増加の問題は、日本経済全体の構造問題として捉えるべきものである。日本の経済構造を、基本から見直すべきときに来ているのである。

厚生労働省「国民生活基礎調査」
社会保障・人口問題研究所、生活保護公的データ一覧
総務省統計局労働力調査



野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。


(週刊東洋経済2010年9月4日号 写真:尾形文繁)
※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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