(第42回)贅沢生活のツケ・その2

山崎光夫

 80歳を超えてなお第一線で診療に携わっている内科医の話--。
 「わたしの印象では、この国で一番病人が少なかったのは昭和30年代でした」
 患者サイドにとっては黄金時代といえる。

 それにしても、なぜこの時代に病人が少なかったのか。
 「結核の患者が激減したからです」
 日本の死因統計をひも解けば、抗生物質・ストレプトマイシンが世に出る昭和25年までは、死の病・結核が常に1位だった。
 現在では、結核は死因上位から消え去り、1位はがん、2位は心疾患、3位は脳疾患の順位が、ほぼここ30年続いている。

 老内科医は昭和30年代に病人が少なかった話をさらに続ける。
 「食べすぎとは無縁だったからです。肥満者はゼロではなかったが、おおかた適正カロリーを摂取していました。ところが、今では子どもの肥満も珍しくありません」

 昭和30年代といえば、戦後の混乱期を抜け出し、高度成長期の始まる前の時期である。
 食糧難の尻尾をまだ引きずり、食べ物はそれほど豊かではなかったが、食うには困らなかった。粗食だったが、食材は本物だった。

 たとえば、米は天日干しだったし、卵は有精卵で、その鶏は地べた飼いだった。何でも手間ひまかけた本物の食材が流通していたのが昭和30年代だった。
 基本のキが定着していた本当の贅沢が昭和30年代にあった。

 現代は粗食とは無縁の飽食、過食の時代。激増した病気が糖尿病--。
 「糖尿病患者は、戦後、自家用車の普及台数とリンクしていたが、今は、自殺者数カーブとダブって見える」

 糖尿病は死因上位の心疾患と脳疾患の直接原因にもなるから、“死因の王様”といえる。しかも、糖尿病自体も死因の10位に入っている。ある意味で、がん以上に恐いのが糖尿病といえるだろう。

 糖尿病で自殺する人の話はあまり聞かないが、対策をとらずに放置しているのは、消極的自殺行為を選択していると認識したほうがよさそうだ。

 現代の飽食、過食の背景にある豊か過ぎる食糧事情を支えている一因に円高がある。円高の恩恵を受け安価に海外から食材が輸入できる。
 現在のような1ドル=80円台後半が円安に振れて、もし1ドル=140~150円にでもなったなら、現在の“インフレ食材”"飽食台所"はたちまち崩壊して、耐乏生活を強いられるだろう。

 そういえば、以前に米が不作で国中パニックに陥り、東南アジアから米を緊急輸入したものだった。
 のど元過ぎれば何とやらでは、真の食糧自給はできないし、飽食ともさよならできない。
 「あのときのように、少し危機感を持ったほうが、日本人も台所も血糖値も正常範囲におさまるのではないか」
 老内科医の率直な感想である。

 後天的に糖尿病に罹る2型糖尿病がこれ以上激増したら国民医療費はパンクする。一日も早く“糖尿列島”を返上しなければならない。
 「贅沢は敵だ」
 「欲しがりません勝つまでは」
 これは戦時中のスローガンだったが、この言葉をそっくり糖尿病撲滅運動に使用したらどうだろう。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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