日本企業はROA(総資産利益率)を高めるべき もてはやされるROEだが、落とし穴も

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企業財務の安定性を見る指標の一つに、自己資本を総資本で割った自己資本比率がある。総資本の中で株主資本の割合が高ければ安定的だが、株主資本の効率は低下する。逆に外部からの借り入れによる負債の割合が高ければ、株主資本の効率は高くなるが、経営は不安定になる。たとえば、低金利で借り入れを行った資金で自社株を購入して消却すると、自己資本比率は低下するがROEは高くなる。財務の安定性とROEの向上はトレードオフの関係にあり、一方の指標に目を奪われるとバランスを欠いた経営に陥ってしまう。

ROEよりもROAに注目したほうがよい

株式投資の指標としてはROEが注目されるが、日本経済全体を考える際にはROAにもっと注目すべきだ。上で説明したように、日本企業のROEの低さはROAが低いことに起因しており、ROAを高めることはROEを向上させることでもある。

ROAが低いにも関わらず財務レバレッジでROEを引き上げるのは、やり過ぎると危険である。特に、現在は日本経済が超低金利状態にあるために、借入金が多くても利払いの負担は小さいので大きな問題にならないことが多い。だが、金利が上昇した時には借入金に対する利子の支払い負担が大きく増える。

グローバル企業として世界市場で生き残っていくためには、世界市場でのシェアという規模の追求は避けられない。しかし、すべての日本企業がグローバル企業になれるわけではないし、グローバル企業になる必要もない。数からすれば、日本国内や特定の地域、もっと狭い商圏を相手にしている企業が圧倒的に多いはずだし、これからもそうだろう。

急速に成長しているわけではないが高い収益率を維持しているという企業も、グローバル企業とは違う意味で優れた企業だ。そのために独自性の高い商品やサービスを提供したり、地域のニーズに合わせた商品の開発・販売でグローバルに提供される画一的な商品に対抗したりというようなことは可能だろう。

皆が同じような評価基準で投資判断を行うことは金融市場を不安定にする。数年程度の期間でみれば、ケインズが言ったように株式市場はほかの投資家がどう考えているかを当てるという美人投票の要素が大きいことは否定できない。だが、多くの投資家がほかの投資家と同じような判断をすることで、大幅な過剰評価が行われたり、著しく過小評価されたりすることが起こりやすくなる。

日本社会には多様性が欠けているという指摘がしばしばみられるが、企業経営の評価にも多様な判断基準があることが経済にとって望ましいことである。
 

櫨 浩一 学習院大学 特別客員教授

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はじ こういち / Koichi Haji

1955年生まれ。東京大学理学部卒業。同大学院理学系研究科修士課程修了。1981年経済企画庁(現内閣府)入庁、1992年からニッセイ基礎研究所。2012年同社専務理事。2020年4月より学習院大学経済学部特別客員教授。東京工業大学大学院社会理工学研究科連携教授。著書に『貯蓄率ゼロ経済』(日経ビジネス人文庫)、『日本経済が何をやってもダメな本当の理由』(日本経済新聞出版社、2011年6月)、『日本経済の呪縛―日本を惑わす金融資産という幻想 』(東洋経済新報社、2014年3月)。経済の短期的な動向だけでなく、長期的な構造変化に注目している

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