インドのカースト「ただの階級でない」意外な真実 ポルトガル語の「カスタ=家柄・血統」が語源

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浄と不浄の対立といっても、浄であるとは、極力不浄を排除した状態にすぎない。こうした浄の状態は、不浄に対して脃弱(ぜいじゃく)であり、浄性の低いカーストとの身体的接触は絶対に避けられなければならない。一方、不浄とは、死や殺生に伴うケガレ、生理や出産などの身体的なケガレによって生じるものである。

動物の死骸の処理、と畜業、皮革業、清掃業、助産師などの職を伝統的に担ってきたダリトは、最も不浄な存在とされてきた。彼らとの身体的接触(もちろん結婚は論外)や体の中に取り込まれる食べ物のやりとり、同じ場所で食事をすること(共食)などが避けられるだけでなく、村落の中でダリトが住む場所も厳重に規制されてきた。

ダリト差別の厳しさはわれわれの想像を絶するものであるが、浄・不浄という観念は日本の文化にもしっかり根付いていて、不浄に関わらざるをえない人々への差別と結びついてきたことを忘れてはならないだろう。被差別部落の長い歴史を考えれば、インドと日本は地続きだということがわかる。

どちらが正しいカースト?

政治的・経済的な権力ではなく、浄・不浄という極めて宗教的で儀礼的な概念が優先されるというデュモンの説は多くの研究者によって批判されてきた。デュモンの理論は主に植民地時代に収集されたデータをもとにしているが、イギリス人植民地官僚への情報提供者は植民地政府に雇われたバラモンたちであり、バラモン中心の社会観が反映されたとしても不思議ではない。

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研究者の中には、王族や土地持ちの支配カーストを中心としたカースト社会のモデルを主張する人もいる。そのモデルでは、バラモンもダリトも支配カーストへのサービス・カーストにすぎない。ここではヒエラルキーは重要ではなく、支配カーストへのサービスと物的見返りが重要である。これは王権モデルと呼ばれる。

どちらが正しいカーストのモデルなのかを判断するのは難しい。現実にはカーストの上下関係はやはり存在するし、カースト・ヒエラルキーでは中位の支配カーストが圧倒的な政治力を持ち続けているのも確かだ。

カーストを数え上げ、その固定化に寄与したイギリスの植民地統治、そして独立後差別解消のために導入された是正処置である留保制度(リザベーションシステム)によってカーストはさらに政治化されている。カーストなどの出自による差別を禁じたインド憲法が存在するにもかかわらず、皮肉にもカーストの影響力はますます強くなっているようにみえる。

最後に、それぞれのカーストの人口比はどのくらいなのかという単純な問いを考えてみたい。実は国勢調査のカースト別人口は1931年以降公表されていない。2011年の国勢調査でようやくカースト別の人口調査を行うことになったが、2020年の時点ではまだすべてが明らかにされていない。

カーストがあまりに政治化してしまい、正確な人口比が公になることを恐れる政治家が多いからだ。

ちなみに1931年の国勢調査によれば、バラモンは人口比4.32%(南インドではもっと低く3%程度)、ダリトの人口は2011年の調査で明らかにされており、それによれば16.6%と、実に2億人の人々がいまだ過酷な差別を受けている。そして、この数字をみれば、カースト別人口がわかることを恐れるのが、少なくともダリトたちではないことは明らかだろう。

池亀 彩 京都大学大学院准教授

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いけがめ あや / Aya Ikegame

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授。1969年東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科、ベルギー・ルーヴェン・カトリック大学、京都大学大学院人間・環境学研究科、インド国立言語研究所などで学び、英国エディンバラ大学にて博士号(社会人類学)取得。英国でリサーチ・アソシエイトなどを経験した後、2015年から東京大学東洋文化研究所准教授を経て、2021年10月より現職。

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