英『ダウントン・アビー』世界中で人気の謎 英国貴族と使用人の格差は、現代の縮図か

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そうしたゴシッピィな視点、その敷居の低さが、国境を越えて多くの人々に愛される理由でもあるのだが、それだけでは批評家たちが絶賛する秀作シリーズとは成りえない。本作が最も優れている点は、格差社会の縮図とも言うべき、貴族と使用人の世界をきっちりと対比させた2層構造と、時代背景を巧みに取り入れた問題意識や社会派の要素にあるだろう。

女性たちの古い価値観が揺らぐ

本作に登場する年代の違う女性たちは、それぞれ時代の価値観を色濃く体現しながら、第1次世界大戦前夜の不穏な空気が近づく中で、おのおのの信念が揺らぎ、葛藤し、古い価値観と新しい価値観がせめぎ合う様子が浮き彫りになる。

庶民を鼻であしらい、貴族として生きることに誇りを持つメアリーは、財産を守るために自力で良縁を見つけようとするが、政略結婚と長子相続制には強い反発を示す。アメリカの富豪家から嫁いだ母コーラは、いわばその富と爵位とを引き換えに、グランサム伯爵の下に海を越えて来た女性だ。それに比べると、メアリーは従来の女性の役割を受け入れつつも、独立心が強く進歩的な面も持つ女性である。

対して、末娘シビルは、ちょうどこの時期に台頭した、参政権拡張論(婦人参政権論)に傾倒していく発展家だ。家柄や身分に縛られることを嫌い、使用人たちとも垣根なく接しようとする。

この間に挟まれた次女イーディスが最も影が薄く、冴えないのだが、彼女も戦時下の体験を経て、自分の生きる道を模索していく。

こうした時代の変化は、男性の考え方や生き方にも大きな影響を与える。家長であるグランサム伯爵は、弁護士マシューや娘たち、使用人、妻との関係性の中で、どちらかといえば受け身ではあるが、じわじわと変わらなければならないことを感じている。

使用人たちの世界はまるで現代の会社

使用人たちもまた、新しい時代に希望や野心、または不安を抱きながら人生を進めていく。この使用人たちの世界のヒエラルキーは、現代の会社におけるパワーバランスを見るようで、実に面白い。他人を出し抜き出世をもくろむ者、能力をアピールしてよい仕事(給金)を得ようとする者。そこにはうそや打算、派閥や駆け引きがあり、彼らを律し秩序を保つ立場の者は、おのおのの裁量が問われることとなる。

使用人たちも葛藤

このような明確な階級制度の中においても、貴族と使用人の葛藤は大きくは共通していると言えるだろう。昔ながらの伝統や慣習を重んじる(固執する)者、それらを当然のことと受け入れながらも“古い”“変えるべきだ”と感じている者、さらには新しい時代の幕開けに自らの手で運命を切り開こうとする者たち。それぞれの階級の枠組みの中で、彼らは変わらないことのよさと変わることの必要性と、変化の中でおのおのがどう生きるかという選択を迫られる。これは、今の時代にも通じるものがあるのではないだろうか。

言うまでもなく、イギリスは現在でも階級社会である。アメリカ人が、そうした世界に興味を持つことは想像できるし、日本人にとっても同じことが言えるかもしれない。だが、自分たちの文化にはない異文化をのぞき見ようとしたところ、そこで繰り広げられる人間模様には、驚くほどの現代性と普遍性を見ることができるのだ。

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