勝者なき総選挙に見た「来夏の参院選」勝敗のカギ 単独過半数を確保した自民党も安泰ではない

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ただ、この総選挙全体としては、日本が抱える問題をめぐる論議が深まったとはいえない。「成長か分配か」という議論が交わされ、岸田首相は「成長なくして分配なし」と主張した。しかし、安倍晋三政権以来、成長戦略は何度も掲げられたが、成果をあげられなかった。

その総括のないまま、再び「成長」を唱えても、にわかに信用できないだろう。立憲民主党の枝野幸男代表は「まず分配すれば、個人所得が増えて消費が拡大し、成長につながる」と唱えたが、分配がばらまきに終わらないかという懸念はぬぐえない。

コロナ危機で表面化した医療体制の不備をどう修復するのか、具体的な方策は見えてこない。年金制度については、自民党総裁選で河野太郎氏が最低保障年金の導入を打ち出したが、その後の総選挙も含めて本格的な論議にはならなかった。

立憲民主党や共産党などは消費税を5%に引き下げる案を提示したが、多くの世論調査によると、半数以上の国民が疑問を感じている。立憲民主党はもともと、消費税を社会保障の財源として重視し、格差解消策としては給付の拡大を掲げていた。国民と双方向の対話を進めず、選挙目当ての消費減税を打ち出しても、国民の理解は広がらないだろう。

アメリカと中国との対立が深まる中で、日本外交の立ち位置をどう定めるかという大きな問題は、総選挙でほとんど議論されなかった。中国が東アジアで軍事力を急速に増大させ、日米両国はオーストラリアなどとともに中国を抑止する方策を検討している。米バイデン政権は日本に対して防衛費の大幅増額を迫る構えだ。経済的には対アメリカよりも対中国の貿易額が多い日本にとって、日米同盟と日中経済関係をどう調和させていくか。与野党には、さらに議論を深めていく責任がある。

期待される「冷静で中身のある審議」

今後の政局はどう推移するか。11月10日からの特別国会で岸田氏が再び首相に指名された後、第2次岸田内閣が発足。コロナ対策などを盛り込んだ2021年度補正予算案が提出され、年内には可決、成立する。年明けからは150日間の通常国会が開かれ、2022年度当初予算案が提出され、与野党の論戦が続く。

コロナ対策、経済政策、社会保障、外交・安全保障などに加え、森友問題、河井克行・案里夫妻の選挙違反事件など政治とカネをめぐる不祥事……。論点は多岐にわたり、激しい応酬が予想される。「聞く力がある」という岸田首相は、安倍元首相のような野党攻撃はしないだろう。冷静で中身のある審議が期待される。

そして、7月には参院選が控える。今回改選にあたるのは6年前の参院選で当選した議員たち。そのときは安倍首相の下で、自民党が追い風に乗って圧勝した。今回、自民党に風が吹かなければ、議席を維持するのが難しく、減らす可能性が大きいとみられている。参院選までの8カ月、国会論議と国民との双方向対話が各党の存亡を決する。

星 浩 政治ジャーナリスト

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ほし ひろし / Hiroshi Hoshi

1955年生まれ。東京大学教養学部卒業。朝日新聞社入社。ワシントン特派員、政治部デスクを経て政治担当編集委員、東京大学特任教授、朝日新聞オピニオン編集長・論説主幹代理。2013年4月から朝日新聞特別編集委員。2016年3月からフリー。同年3月28日からTBS系の報道番組「NEWS23」のメインキャスター・コメンテーターを務める。著書多数。『官房長官 側近の政治学』(朝日選書、2014年)、『絶対に知っておくべき日本と日本人の10大問題』(三笠書房、2011年)、『安倍政権の日本』(朝日新書、2006年)など。

 

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