ほどよく裸になって著者自らをさらけ出す--『ドストエフスキーとの59の旅』を書いた亀山郁夫氏(東京外国語大学学長)に聞く

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--現代人に通ずると。

たとえば子どもが川でおぼれかける。本能的に飛び込んで助ける。昔は当たり前だった。ところが、今は飛び込まず、まず様子を見がち。そういう黙過は、ある種の本能の衰退の現れだ。いま、インターネットなどで、人の不幸を平然と喜ぶ。モラルも地に墜ちた現実がある。

--二枚舌にも深い意味が……。

むしろたくましい精神だ。これがドストエフスキーの精神性だった。彼は若い時代に死刑宣告を受けている。刑期を軽減されて、その体制の中で生きていく。彼はにらまれ続けていることはわかっている。だから、絶対に権力を信用しない。

その信用しない自分をどうやって権力に信用させるか。おべっかで文学は書けないし、芸術をつくれない。権力を礼賛しつつも権力を徹底的に批判する文学をいかにつくるか。この精神性こそドストエフスキーだと思っている。

辞書には、二枚舌とはうそをつくこととある。芸術家として不条理な要求に対して、面従腹背しつつ違うものをつくる。これが二枚舌の真骨頂といえる。権力のパワーをいったん自分の中に吸収してしまうぐらいの弾力のある
精神を持ち、同時に自らの力でそれをハネ返して、権力を持った人にものを言わせなくさせてしまった。

--一方で、微細なことですが、犬の描写は舌を巻くうまさです。

犬の描写はすばらしい。ここまで犬の生態を描けるのだろうかと思うぐらいだ。ドストエフスキーに犬を飼っていたという記録はない。すべてイマジネーションで書いていく。中途半端な観察力ではできない。

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