「エンタメ」は、ローカル鉄道を救えるか 静岡・大井川鉄道の『トーマス列車』が超人気

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とはいえ、大井川鉄道のSL列車は「トーマス」が代表している訳ではない。1976年に開始された日本における蒸気機関車の動態保存運転の草分けである。沿線人口に乏しい(おおよそ旧金谷町2万人、旧川根町6,000人弱、川根本町7,000人で、約3万人強にすぎない)同社にとって、SL列車目当てで訪れる遠方からの観光客は、地域のための交通機関である普通列車を守るために不可欠な収入源となっていた。

ところが2013年8月に実施された、貸切ツアーバスの運転士の1日当たりの走行距離制限の厳格化によって、首都圏から大井川鉄道への日帰りツアーの設定が難しくなり、この屋台骨が大打撃を受けた。同社によるとSL列車利用客は約6割減と見ている。

つまり、「トーマス」は同社の経営にとっては、プラスαというよりは、むしろ欠損の穴埋めとして、ちょうどよいタイミングで始めることができた事業という位置づけになる。いわば、延命のための"カンフル剤"なのだ。

もちろん「トーマス」と、千頭駅内に静態保存されている機関車を改装した「ヒロ」の2台には、改装費約800万円が必要であった。さらに燃料費や人件費など運行経費がかかる。

そのうえ、キャラクターものの場合、収入のうちからライセンス料を支払わなければならない。それはビッグビジネスである以上、商品価値を守らねばならない有名エンターテイメント作品の宿命でもある。「トーマス」と沿線の結びつきは弱く、「出身地への恩返し」という姿勢は期待できない。これらの諸経費を差し引くと、大井川鉄道の手元に残る額は1億円よりも、かなり少なくなる。

しかし、もっと大きな懸念があると、同社の広報担当者・山本豊福氏は述べる。「『トーマス』は、その知名度や世界的な人気から言えば、大井川鉄道より遥かに大きなブランドであることです。わが社は公共交通機関であって、遊園地ではありません。『トーマス』にお客様はたくさん集まりますが、その中で大井川鉄道に興味を持っていただける方が、どれだけ増えるか。そこが問題なのです」。

「トーマス」にばかり注目が集まり、他のSL列車の利用客数が回復しなければ、契約が切れたとたん、経営の土台が崩れかねないのだ。「この3年間は、いわば"執行猶予"期間。『トーマス』が走っているうちに、一般のSL列車にお客様を取り戻し、経営を立て直さなければならない。そこに鉄道の命運がかかっています」と山本氏。

2014年5月に開かれた、大井川鉄道の第32回株主総会にて示された貸借対照表、損益計算書によると、同社の短期借入金は約7億7,000万円、長期借入金は約28億円もあり、平成25(2013)年度の支払利息が約8,170万円にものぼっている。経常損失が約8,272万円であることを考えると、借入金が経営のネックになっていることは間違いない。最終赤字は3期連続だ。

そこへ平成26(2014)年度は、SL列車の利用客大幅減少が覆い被さってくる。同社の伊藤秀生社長は、「トーマス効果などによって、今年度は300万円の最終黒字を見込む」と株主総会で説明したが、トーマスを走らせても300万円、という見方もできる。世界的作品とは言え、"限界"を感じる収支見込みである。

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