「電車に乗ろうと思っていたら、目の前で扉が閉まってしまいました。さあ、皆さんならどうしますか?」

10月から本格的に始まる小学校入試を控え、受験塾のジャック幼児教育研究所でも指導に熱がこもっていた。指導に当たるのは、同塾の理事 吉岡俊樹氏だ。授業のテーマは、正解のない問いを考える「もしもクイズ」。

「はい!」「はい!」と、元気よく手が挙がる。子どもたちは「近くの大人に、次の電車の時間を聞きます」「改札を出てバスに乗り換えます」「次の電車まで、レストランでご飯を食べます」など、それぞれ思いついたことを答えていく。吉岡氏は言う。

「学校が求めているのは自分の考えを述べたり、トラブルが起きたとき自分なりに工夫したりして対処できる子ども。そんな力を引き出すような授業を心がけています」

創立50年余の伝統を持つ幼児教室、ジャック幼児教育研究所。もともと子ども向け体操教室から始まっており、各校に運動ができる教室と指導員をそろえているのが1つの特徴だ
(撮影:今井康一)

学校説明会にネットで参加できるようになり併願校数が増加

今、小学校受験をする家庭が増えている。吉岡氏によると、ここ5年くらいは1%程度の微増で推移していたが、昨年は5~10%に急増したという。

「コロナが影響しています。緊急事態宣言で全国の小学校が休校になる中、私立小学校はオンラインで授業をいち早く再開するなど、動きが早かった。一方で公立は、すぐには有効なコロナ対策が打ち出せませんでした。その差が私立に対する信頼につながりました」

ジャック幼児教育研究所で40年間講師を務める吉岡氏
(撮影:今井康一)

もう1つが、オンデマンドによる学校説明会だ。通常、学校説明会はどこでも5月の土曜日に開催されることが多く、保護者は限られた人数しか参加できない。ネットで気軽に、いろいろな学校の説明会を視聴することができるようになったことで、1人の児童が受験する併願校数が増加。ネットでの説明会が、小学校受験をする保護者の掘り起こしにもつながった。

「教育意識が高く経済力があっても、小学校は公立でいいという保護者も多かった。そういう潜在的な層が私立小学校のよさに気づき、受験させています。とくに最近の保護者は英語学習に対する要求が高いですが、公立に比べて私立は格段に進んでいる。ほとんどの学校が1年次から英語の授業を行い、ネイティブ講師による会話を取り入れています。そういう点が評価されています」(吉岡氏)

難関大系列校、伝統校、中学受験に強い小学校が人気

小学校受験で人気があるのは、難関大系列の小学校だ。私大の両雄、早稲田大学や慶応大学、青山学院大学、立教大学系列も不動の人気だ。伝統校の聖心女子学院初等科、横浜雙葉小学校、成蹊小学校なども根強いファンがいる。

「大学を決めるのは先でよいという家庭には、白百合学園小学校や暁星小学校など、難関大学への合格実績がいい小学校が人気です」(吉岡氏)

最近注目されているのが、中学受験に強い小学校だ。ここ数年で、めきめきと難関中への進学実績を伸ばしているのが洗足学園小学校。早慶の系列中高のほか、筑波大附属駒場、開成、桜陰、女子学院、灘など、多くの児童がトップクラスの難関中に合格している。ほかにも中学受験に強い小学校として、目黒星美学園小学校、宝仙学園小学校、小野学園から改称した品川翔英小学校も人気だ。

「中学受験をするなら公立でもよいと思われるかもしれませんが、これらの小学校は児童のほとんどが受験するので、受験に対するモチベーションを高く保つことができます。学校でも中学受験に対応したカリキュラムを導入しており、5年生までに6年間の内容を終えて、最後の1年間は受験対策に充てています。塾と提携している学校もあり、中学受験への道筋をつくりやすいのです」(吉岡氏)

一方で、特徴のある教育を行っている小学校の人気も高まっている。2019年に開校した東京農業大学稲花小学校は、初年度から定員の10倍以上の志願者を集めた。付属の中高が難関大への合格実績を出しているのに加え、農業大学系列という、豊かな自然環境が保護者に支持された。

コロナ禍によるテレワークで、選択する学校にも広がりが出ている。東海大学の系列、菅生学園初等学校もその1つだ。周囲の自然を生かした教育を取り入れるとともに、系列中高に「医学・難関大コース」が新設され、医学部進学の道筋もできている。

「テレワークが普及したおかげで、よりよい環境を求めて都心から郊外に移り住む家族に支持されています。スクールバスを運行しているのですが、ルート上ならば希望する場所に停車してくれるので、安心して子どもを通わせることができます」

小学校入試の選考は学校によって違いはあるが、絵画や工作、ペーパーテスト、行動観察、面接などが課せられる。

「ペーパーや絵画、運動などは点数化されて客観的に評価され、面接や行動観察を通して、その子がスクールカラーに合うかどうか判断されます。学校が合わないと判断すれば、いくら点数がよくても不合格になることがあります」(吉岡氏)

小学校入試の選考は学校によって違いはあるが、絵画や工作、ペーパーテスト、行動観察、面接などが課せられる。写真はジャック幼児教育研究所四谷教室
(撮影:今井康一)

選考は子どもだけでなく、願書や面接を通して保護者も見られる。とくに保護者の教育方針が学校の方針と合っているかどうかが、合否に大きく影響してくるという。

「教育方針の違いは大きい。受験する学校を選ぶときは、大学合格実績や授業のカリキュラムだけでなく、家庭と教育方針が似ている学校を選ぶべきです。教育方針に合わないと、後々保護者が苦労します。子どもは変わることができますが、大人はそうはいかない。中高を含めると、12年間我慢を強いられることになりかねません。学校を選ぶときには、実際に訪れて見学したほうがいいでしょう」(吉岡氏)

説明会や面接の服装、家族写真に関する都市伝説

中学校や高校受験のように、試験の点数による明確な合否判断ではないため、いろいろな「都市伝説」が付きまとうのも小学校受験の特徴だ。願書に貼る写真は、某デパートの写真館で撮ると合格しやすい、○○小学校には某デザイナーのスーツがいい、など。

「以前ある私立で、みんな真っ黒なスーツで受験に来るので、先生方が不思議に思っていたそうです。聞いてみたところ、その学園は、黒い服でないと合格をもらえないという噂が広がっていた。翌年から黒い服での受験を禁止したという、笑い話のようなエピソードもあります」(吉岡氏)

もちろん、写真の仕上がりやスーツのデザインが合否に影響することはないが、吉岡氏は「保護者がそれで安心して試験に臨めるのなら、取り入れてもいいのでは」と、一概に否定はしない。ただし噂に踊らされて、過度な費用はかけないほうがいい。同様に、ワーキングマザーは不利というのも今の社会に即さない。祖父母の助けなどを借りて、行事に参加したり緊急時に駆けつけたりすることができれば問題ない。

小学校受験は保護者の関与が合否を左右するだけに、負担も大きい。だからこそ価値があるという。

「小学校受験が、夫婦で家庭の教育方針や子どもの将来を真剣に話し合うきっかけになります。また、あいさつをきちんとできるようにさせたり、選考に掃除や片付けを課す学校もあるため、日常生活を自分でできるようにさせたりするなど、子どものしつけをしっかりと行う家庭が多いですね」(吉岡氏)

さらに日本の文化や季節を盛り込んだ課題が出されるので、豆まきやお彼岸などの行事を取り入れたり、季節の草花を観察したりするようになるという。親子で向かう小学校受験。合否だけでなく、その過程も実りあるものにしたい。

吉岡俊樹(よしおか・としき)
ジャック幼児教育研究所 理事
創立50年余の伝統を持つ幼児教室、ジャック幼児教育研究所で40年間講師を務める。理事となった現在も教壇に立ち、多くの児童を名門小学校合格へと導いている。また、デジタル化に熱心な吉岡氏が指揮をとり、小学校受験のペーパー問題集アプリ「できましたっち!」を開発し、家庭学習を支援している
(撮影:今井康一)

(文:柿崎明子、注記のない写真:Fast&Slow/ PIXTA)

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