堕ちた翼 ドキュメントJAL倒産 大鹿靖明著~緻密で粘り強い取材の成果がたっぷりと

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堕ちた翼 ドキュメントJAL倒産 大鹿靖明著~緻密で粘り強い取材の成果がたっぷりと

評者 黒木亮 作家

 大鹿靖明氏の著書は、買って損をしたと思わせられることがない。今回も緻密で粘り強い取材の成果がたっぷりと注ぎ込まれた力作である。

本書は、昨年9月に民主党が政権を獲得したときから、企業再生支援機構の支援を前提に今年1月にJALが会社更生法の適用を申請し、2月に上場が廃止されるまでの経緯を縦軸に、個々の問題の歴史的背景や関係者の利害を横軸に描いている。

衝撃的なのは、JALという企業が、政治家、地元、官僚が航空産業を食い物にするための巨大な装置だったという事実である。年間4593億円の空港整備特別会計は、ロンドン・ヒースロー空港の10倍以上の着陸料や航行援助施設利用料などの名目で主としてJALとANAから吸い上げられ、地方空港の新設・拡張工事費や全国の空港事務所やレーダー事務所で働く航空官僚約7000人の人件費などに充当される。この「たかり」の仕組みは、JALよりもむしろANAに大きな負担になっているという指摘には、暗澹(あんたん)とした気分にさせられる。

一方、JALの歴代社長や役員たち、人事・労務・経営企画・秘書・広報といった本社部門の東大卒を中心とするキャリア社員たちは、付加価値を生み出すこともなく、気にくわないことがあれば政治家やマスコミに情報をリークし、いったん決まった人事までもひっくり返す鵺(ぬえ)のような集団だった。民主党が送り込んだタスクフォース・メンバーの言動をICレコーダーで密かに録音し、音声ファイルにして関係省庁にばら撒いていた役員もいたそうで、タスクフォースのメンバーは、「実にJALらしい、いけてない話でしょ」と語ったという。

破綻処理が決まるまでの関係者たちの思惑や駆け引きが詳細に描かれている点も興味深い。日本政策投資銀行の意を受けて暗躍する財務省の香川俊介総括審議官(以下肩書は当時のまま)、それを毛嫌いして徹底して退ける菅直人副総理、再び大きな事業再生案件を手がけたいと願う旧産業再生機構の出身者たち、「清い水しか飲めない」前原誠司国土交通相、社内で何の力もない西松遙JAL社長、倣岸不遜で馬耳東風の三菱東京UFJ銀行……。読んでいて、さもありなんと苦笑させられる。

意外だったのが、この手の問題には疎そうな辻元清美国土交通副大臣が、JAL破綻の影響を真剣に心配し、問題に取り組んでいたことだ。経営破綻したスイス航空の飛行機が空港で立ち往生した写真を持って「こんなんなったら日本の信用がた落ち」と、東奔西走する姿は、醜くて情けない話のオンパレードの中で異彩を放っている。

おおしか・やすあき
アエラ編集部。1965年東京生まれ。早稲田大学卒業、朝日新聞社に入社。経済部記者を経て現在、朝日新聞出版に出向。著書に『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』『ヒルズ黙示録・最終章』。

朝日新聞出版 1575円 327ページ

  

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