中国、チベットに「高速鉄道並み」新線建設の狙い 観光・産業振興のほか中印国境問題も背景に?

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一方で、同線が敷設された青海チベット高原南東部は、中国国内でも地殻変動が起こる可能性が最も大きなエリアだ。これに対し、中国鉄路は災害リスクを最小限に抑えるため、さまざまな予防・管理対策を凝らしているという。

現地の報道によると、沿線人口は131万人。チベット自治区の人口のうちおよそ4割が沿線で生活しているという。とはいえ、チベットの辺境地に、これほどの高規格路線を敷設した背景にはどんな目論見があるのだろうか。いずれは四川省の大都市、成都と直結する計画があるとはいえ、高速鉄道並みの路線を最新鋭の旅客列車が走っているのは驚くばかりだ。

沿線である山南市の南部エリアは目下、中国とインドとの間で国境をめぐる係争が起きている地域であり、現状ではインドがアルナーチャル・プラデーシュ州として実効支配している。このエリアは、双方が互いの権益を侵さない休戦ラインともいえる実効支配線(Line of Actual Control、LAC)により分け隔てられているが、過去に何度となく小競り合いが起きている。

軍事上の意味合いも強い?

最近のLACを挟んだトラブルでは、2020年6月、ラダック地方のガルワン渓谷で両国の軍が衝突。武器の代わりに石や棒などを使った争いの結果、インド側の説明では同国軍の兵士少なくとも20人が死亡する事態となった。

英公共放送BBCはこのトラブルについて、「インドがラダック地方の海抜5000mに開いた空港への接続道路を完成させたことで、中国の不興を買ったのが遠因」との見方を示し、「インドと中国はどちらもLAC沿いの輸送インフラ構築を進めている」と現状を解説する。

高規格路線の必要性は、観光振興や沿線住民への利便性向上という民生上の理由よりもむしろ、軍事上の意味合いが強いとの考え方もあろう。ラサ―林芝鉄道の沿線である山南市の南側はインドと接している。この付近の中印国境は依然として係争地帯となっており、有事の際は短時間で兵力を集結させる必要がある。こうした背景もあり、中国にとっては国境に近いエリアに高規格路線を敷設した意義は大きい。

事実、「復興号」を使った兵員輸送が実施された例がある。現地報道によると、7月30日には初めて、海抜4500mにある演習場に向かう兵員を列車で輸送したと報じられている。

日本人を含む外国人のチベットへの渡航は、コロナ禍以前から事実上の許可制の形が取られてきた。チベットの峻険な地形が車窓から存分に楽しめるであろうラサ―林芝鉄道。観光や沿線住民の移動など平和的な利用が中心となることを願いたい。

さかい もとみ 在英ジャーナリスト

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Motomi Sakai

旅行会社勤務ののち、15年間にわたる香港在住中にライター兼編集者に転向。2008年から経済・企業情報の配信サービスを行うNNAロンドンを拠点に勤務。2014年秋にフリージャーナリストに。旅に欠かせない公共交通に関するテーマや、訪日外国人観光に関するトピックに注目する一方、英国で開催された五輪やラグビーW杯での経験を生かし、日本に向けた提言等を発信している。著書に『中国人観光客 おもてなしの鉄則』(アスク出版)など。問い合わせ先は、jiujing@nifty.com

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