見せかけの処方箋に騙されてはいけない 平川克美氏、新刊を語る

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ただ、何をしてはいけないのかということならば、見通しを得ることができるでしょう。短期的には苦しくとも、無理筋である経済成長戦略というものに乗ってはいけないと思います。わたしたちの生活の身の回りから、多様性が失われていくようなことには加担しないということ。結局、常識に照らし合わせて、地道にやっていくしかないのです。そもそも、現状の自分たちの価値観や、政府の政策の病識がなければ、処方箋を求めるということもないわけです。

世の中、捨てたもんじゃないねと思える日がくる

――グローバル化の中で、本心では反対でも、仕方なく・否応なく日々を送っている勤め人も少なくないと思われます。そうした方に向けてのメッセージをお願いします。

本書でも述べていますが、株式会社というのは17世紀後半に発明され、18世紀の産業革命で一気に社会の中心になったフィクションに過ぎません。過去200年の右肩上がりの時代には株式会社というシステムは有効に機能し、文明の発展を牽引してきました。

 しかし、ここにきて、発展の糊代が少なくなり、右肩上がりを続けて行くことが難しくなったのです。それはつまり、発展途上国が成熟国になったということでもあります。成熟段階に入った国では、株式会社というフィクションが今後も発展の牽引役を担い続けて行くことが可能かどうかが大きな課題になります。

 右肩上がりの時代の株式会社の価値観は、そのまま現代のわたしたちの価値観と相容れないところが出てくるはずです。経営者と所有者(株主)が分離した法人格が持つ目的は、もちろん利潤の最大化であり、それはわたしたち人間の目的でもあるのですが、それは株式会社にとっては最優先に配慮されるべき目的ですが、わたしたち人間にとっては幾つかある目的のうちのひとつでしかありません。

 わたしたちは、自分たちが生き残り、充実した生活を送るために何を考え、何を優先しなければならないのかということを考える自由があります。会社で出世して金を稼ぐことも優先事項のひとつかもしれませんが、それもまた、生活を充実させるためのいくつかある手段のうちのひとつでしかないということです。

 重要なことは、自立をあきらめないことであり、そのためにもわたしたちは、自らの思考を深め、知識を広げることで、株式会社の持つ狭隘な価値観を乗り越えて行くことが必要になると思います。

 自分の頭で考え、自分の常識に照らし合わせながら、株式会社と付き合っていくということであり、困難な状況に陥っても、自分をあきらめないでやっていってもらいたいと思いますね。世の中、捨てたもんじゃないねと思える日がくるとわたしは信じています。

平川 克美 作家、隣町珈琲店主

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ひらかわ かつみ / Katsumi Hirakawa

1950年、東京・蒲田の町工場に生まれる。75年に早稲田大学理工学部機械工学科卒業後、内田樹氏らと翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを設立。1999年、シリコンバレーのBusiness Cafe Inc.の設立に参加。2014年、東京・荏原中延に喫茶店「隣町珈琲」をオープン。著書に『株式会社の世界史』(東洋経済新報社)、『小商いのすすめ』(ミシマ社)、『移行期的混乱』(ちくま文庫)などがある。

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