(第37回)トイレの現場から見えてくる話・その1

山崎光夫

 先日、地下鉄のトイレに入ったとき、奇妙な場面に遭遇した。
 ランドセルを背負った小学生5、6年生とおぼしき児童が、トイレのドアの前で不安そうな顔をして立っている。早く用をたしたいときの顔である。
 多少、気の毒にもなってくる。

 しかし、よく見ると、一番奥のドアは開いている。誰も使っていない。それを使えばいいではないか、汚れてでもいるのかと思って見ると、実にきれいなものだった。
 だが、このトイレは和式だった。ランドセルの小学生は和式が嫌な様子である。
 その時、洋式トイレのドアが開いて小学生はそそくさとトイレの中に消えた。

 後で泌尿器科の医者にきくと、今の小学生の何割かは和式トイレが使えないのだという。

 純日本式の和式トイレの場合、便器に跨(またが)り用をたす。便器の幅は20センチほどあるから、跨るだけでもかなりの力を要する。
 この時、腰や脚の大腿四頭筋に力が入る。また、肛門括約筋も緊張している。自然と下半身が鍛えられる姿勢ではある。

 ところが、洋式トイレの生活に慣れると、大腿四頭筋は退化し、いわゆる"便所座り"ができなくなってしまう。後方にひっくりかえるのがおちである。
 地下鉄の小学生は和式トイレが使用できないから、洋式トイレに並んでいたのだろう。

 洋式便器の普及で日本人の下半身事情が急速に変化しているようだ。その洋式トイレにシャワーを取り付けたタイプが一般化している。
 シャワー付き洋式トイレは介護人の労働負担を軽減するためにアメリカで開発されたという。日本で技術改良されて、“シャワートイレ”の一大先進国となっている。

 これは、小学校や学童保育の現場で観察されることだが、用をたしたあと、水洗トイレの水を流さない児童も増えているという。
 この原因は、用をたした後、自然とトイレのフタが閉まり、さらに水も流れる形式のトイレの普及によるという。どうも、便利を追求するあまり、人間が横着になって、同時に動物性も失われているようだ。自分の始末は自分でつけるのが基本。排泄はそれを教えてくれる重要な行為である。

 自分の排泄物を見たくないので水を流さない者もいる。終わったあと、一刻も早くトイレを出たいのである。  しかし、これは実にもったいない話で、自分の排泄物は健康チェックの宝である。
 われわれが健康診断で受ける血液検査も、いわば老廃物のチェック。便や尿と何ら変わりはない。血液は注射器で採血しなければ検査できないが、便や尿は肉眼で観察できる。
 健康管理には最適といえる。

 さて、泌尿器科医によれば、洋式トイレに並んでいた件の小学生は、
 「公共のトイレを使えるのでまだましなほうです」
という。自分の家でしか用をたせない子どももいるという。大人なみの便秘や過敏性腸症候群に罹っているケースも少なくないという。
 一部ならいいが、子どもにトイレ恐怖症が蔓延しているとすると、これは横着とは別次元の由々しき問題である。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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