菅首相とメルケル首相の埋められない決定的な差 「ナラティブ不在」で右往左往のオリンピック

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コロナ禍におけるナラティブ力が高かった政治リーダーとしてまず思い浮かぶのは、ドイツのアンゲラ・メルケル首相だ。新型コロナの感染拡大を受けて、各国の首脳は次々に国民に語りかけた。その中でも、ドイツ国民からはもちろん、世界でも賞賛されたのが、メルケル首相が2020年3月に行ったスピーチだ。メルケル首相は、国民にロックダウンの決断を伝えながら、「東西ドイツ統一以来、私たちがこれほど連帯すべき試練はなかった」と語りかけた。30年前の「ベルリンの壁崩壊」を国民に思い起こさせる。

メルケル首相自身が、自由のない東独で少女時代を過ごした身であり、メッセージには首相個人の物語も見え隠れする。国民誰しもが共有する物語に重ね合わせると、次はスーパーの店員への感謝を強調する。

「お礼を申し上げたいのは、ほとんど感謝されることのない皆さん― スーパーでレジ係をしている方、品出しをしている方です」。いわゆるエッセンシャルワーカーへの感謝はその後多くの政治リーダーが口にしたが、メルケル首相は早かった。ドイツは医療支援や財政対策でも評価されたが、このスピーチに代表されるナラティブ力は、国民を結束させるために大いに機能した。

「テディベアを飾る活動」に参加した女性首相

もう1人挙げるとするなら、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相だろう。ニュージーランドで最初の感染者が報告されたのは2020年2月28日。その後は急速に対策を強化し、3月下旬には警戒システムをレベル4――いわゆるロックダウンに引き上げた。

戸惑う国民を前に、アーダーン首相は自宅から普段着で動画をライブ配信した。2歳の娘の母親でもある首相は、さながら子どもを寝かしつけた後にリモート会議に参加するママ社員のよう。楽しみにしていた4月のイースターを前に気落ちする子どもたちのために、「イースターバニーはエッセンシャルワーカーだから、今年の活動は減るかもしれないけれどなくならないからね」と語りかけた。

ロックダウン中には、通りに面した窓際にテディベアを飾る活動に参加。外出制限の中、わずかに許された散歩の時間で、子どもたちの気晴らしになればと自ら始めたが、この動きは「クマさがし」として全国に拡大。3万カ所近くが専用のウェブサイトに掲載されるまでになった。まさに、困難に立ち向かう「共体験」を実現させたのである。

メルケル首相が骨太なナラティブを展開したとすれば、アーダーン首相はより若い感性、カジュアルなナラティブで国民を巻き込んだ。メルケル首相、アーダーン首相に共通するのは、「上から目線」ではなく寄り添うスタンスで、国民が自分ゴト化できる物語性をうまく取り入れていることだ。

ほかにも、コロナ対策にSNSやインフルエンサーを動員したフィンランドのサンナ・マリン首相、「今は怖がっていてもいいんだよ」とテレビを通じて子どもたちに語りかけたノルウェーのエルナ・ソルベルグ首相など、ナラティブ力を発揮した政治リーダーには女性が目立つ。さて、翻って、わが国日本はどうだったのだろうか。

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