コロナとフクシマに映る政治家と専門家のあり方 日本の危機に求められるリーダーシップとは何か

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船橋:東電に「逃げるな」と命じたことは滑稽に見えるかもしれませんが、東電から政府に危機の実情も危機対応の作戦計画も的確な情報が流れない中、東電の「現地からの撤退」シナリオを最大のリスクととらえたことは危機管理上、間違った対応ではありません。

菅直人さんは、この演説の後、政府と東京電力を一体にした共同の司令塔を強引に作らせました。超法規的措置です。実際、官邸の政務中枢も官邸スタッフは、この法律的根拠は何か気になって仕方がなかった。しかし、菅直人さんは、<国が生きるか死ぬかのときに法律の条文とかなんとかそんなことはいいんだ>と突っ走った。国家的危機のとき、リーダーのこの生きる強い意志、生命力のようなものは欠かせない資質だと思います。欠点だらけの首相でしたが、最後のストッパー役は果たしてくれたのかな、とは思います。

聞く耳

戸部:リーダーシップというのは、やはり経験がものを言うのだと思います。ご指摘のとおり、菅直人さんのそれまでの政治的な経験が、危機の際のリーダーとして良い意味で生きたところもあるし、そうでなかったところもあるのでしょうが、日本の政治家の場合は、それまで差し迫った危機と呼ばれる状況に立ち会った経験がほとんどありませんでしたから、菅直人さん以外の人に、彼以上に務まったかと言えば、何とも言えないところがあったのだと思いました。

戸部良一(とべ・りょういち)/防衛大学校名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。1948年宮城県生まれ。京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。防衛大学校教授、国際日本文化研究センター教授、帝京大学教授などを歴任。著書に『ピース・フィーラー』(論創社、吉田茂賞)、『自壊の病理』(日本経済新聞出版、アジア太平洋賞特別賞)などがある(撮影:尾形文繁)

自国のことだから欠点が見えてそう思うのかもしれませんが、諸外国のリーダーと比較して、日本のリーダーは政治家だけでなく高級官僚も含めてひ弱な印象を受けます。財界のリーダーもそうかもしれません。リーダーの育成法が間違っているのか、うまく行っていないのかわかりませんが、なぜなのでしょうか。

かつては、吉田茂や中曽根康弘といった諸外国の指導者に引けを取らない押しの強い政治家もいましたし、菅直人さんもそういう意味ではひ弱ではありませんでした。「アメリカに占領される」の演説も、東電の社員の前ではなく、国会や国民の前で叫んでいたら、違う評価だったかもしれません。

しかし、力強いリーダーは少数派です。修羅場を経験する機会がなくなっていることが原因かもしれませんが、そうだとすると、われわれは幸せだということなのでしょうか。ですが、それだけではないような気がします。

菅直人さんが細かいところにこだわりすぎたというご批判がありましたが、リーダーとしての自覚や責任感のある政治家が細かいところに手を出したがるのは、普通のことだと思います。いわゆるマイクロマネジメントですね。重要なのは、リーダーがマイクロマネジメントに気を奪われているときに、「細かいことは部下に任せて、大将は大局的な指導を」と諫言できる補佐役がいるかどうかなのだと思います。

『失敗の本質』の後、私は第2次大戦中のイギリスの「バトル・オブ・ブリテン」を研究しましたが、チャーチルもとにかく細かいところまで手を出したがる人でした。しかも、好戦的な性質もあって、攻撃一点張りです。反対する軍人を臆病者と罵る始末でした。しかし、チャーチルの側近は恐れずに諫言していました。そして、チャーチルが偉かったのは、最終的には専門家の意見に耳を貸したことでした。菅直人さんに欠けていたのはそういうところだったのではないでしょうか。

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