安倍首相の"長征"がはらむリスク 中国は「米国中心の秩序」に、どう対応するか

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戦後導入された制度の大部分は、民主制、女性の選挙権、農地解放、言論の自由など、今も高く評価されている。だが武力を行使する権利を放棄したことによって、日本は、国の安全保障をほぼ全面的に米国の手に委ね、従属国の地位に甘んじることになった。そのために、岸元首相に始まるナショナリスト志向のリーダーたちは、憲法9条を改正して完全な主権を回復することを、主たる目標に掲げてきた。

岸氏が首相を務めていた1950年代後半に、これは不可能だった。孫の安倍首相は、さらにその先まで進めるのが夢なのだ。戦時中の軍隊の行動で信用に傷がついた古い日本の伝統、たとえば愛国的なプライドや皇室制度の重要視を復活させ、さらには戦争にまつわる記録自体を再評価しようとしている。

ただ、安倍首相のナショナリズムには矛盾がある。主権の回復や愛国的なプライドを主張するにもかかわらず、戦後世界における米国の支配に距離を置くための行動は取ってこなかった。憲法解釈の変更は、東アジアにおける米国の軍事行動を支援しようとするものだ。

安倍首相を動かす推進力は、中国がこの地域で支配力を増強していることについての懸念だろう。これは日本国民が広く共有している。東京では、東シナ海や南シナ海での中国の攻撃的な行動が、大きく取りざたされている。

日米同盟は中国にとって邪魔なもの

中国の軍事力増大によって、日本の安全保障面での米国への依存度が高まった。日本がおそれるのは、米国が東シナ海での領有権問題で中国と戦争するリスクを取らず、勢力が衰える可能性だ。

日米同盟は中国には邪魔だ。中国は、アジアを支配するために、米国にはこの地域から出ていってもらいたい。公の場ではそう述べている。しかし実際には、中国の姿勢はもっと複雑で、見掛けほど統一的ではないようだ。

中国は厳しい選択に直面している。アジアで「米国の力による平和」が続くかぎり、今後も受け入れていくべきか。それとも、米国への依存度を下げて自らが核武装した日本と対峙する道を選ぶべきか。多くの中国人は、個人的には前者のほうが好ましいと考えているようだ。

今のところは確かに、米軍の駐留によって、ほとんどの当事国が甘受できる一定の秩序が保たれているが、それは世界最大の軍隊である米軍をちっぽけな地域紛争に引きずり込むリスクをはらんでいる。第1次世界大戦の勃発からちょうど100年後に当たる今、この可能性を警戒しなければならない。

週刊東洋経済2014年7月19日号

イアン・ブルマ 米バード大学教授、ジャーナリスト

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Ian Buruma

1951年オランダ生まれ。1970~1975年にライデン大学で中国文学を、1975~1977年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

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