リニア反対でダムに甘い、静岡知事の「2重基準」 知事選出馬の川勝氏に静岡市長が異例の意見書

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井川漁協は2001年からヤマトイワナ養殖にも乗り出し、2003年には16万粒の受精卵を放流している。結局、ヤマトイワナ養殖は非常に難しいことがわかり、現在、養殖事業はストップした。岡本さんは「すでに絶滅した地域でヤマトイワナを復活させることはできないだろう。ダムや工事などの影響のない沢に保護区をつくるなどの対応を優先すべきだ」とJR東海にヤマトイワナの復活を求める県生物多様性専門部会の議論に疑問を投げかける。

3月29日の静岡県生物多様性専門部会でもヤマトイワナ保全が議論の中心だった(筆者撮影)

アメリカ各地では自然環境保全のためにダム撤去やダム解体が進んでいる。そこまで極端な議論ではなくても、ダムからの河川維持流量を大幅に増やすことで、ヤマトイワナの生活環境を好転させることはできる。ダム下流の東俣川の河川維持流量は毎秒0.11立方m、西俣川は0.12立方m、赤石沢では0.03〜0.06立方mとなっているが、今回の水利権更新に当たって、中部電力はヤマトイワナの生息環境調査を行っていない。

知事はJR東海のリニアトンネル工事では河川法の権限を有するが、水力発電所ダムの水利権更新ではあくまで意見を述べる立場だ。このため国の審査に対して、知事がどれだけ強い意見を述べ、南アルプスエコパークの象徴として、ヤマトイワナ生息環境の保全を求めるかに注目が集まる。

井川地区の住民は「リニア早期着工」を待望

ただ、川勝知事と田辺市長の関係が最悪であることが、水利権更新の知事意見に影響するかもしれない。約3年前、田辺市長がJR東海とリニアの静岡工区トンネル建設と地域振興に関する合意書を結ぶのに当たって、県への報告をしなかったことで、川勝知事は激怒、田辺市長の対応をあしざまに批判した。知事はリニア問題を協議する大井川流域の自治体から静岡市を外してしまった。

静岡県知事選への出馬表明をする川勝平太知事(4月13日、筆者撮影)

4年前の知事選で川勝知事は、静岡市を廃止する“静岡県都構想”を掲げ、井川地区の過疎問題を指摘したうえで、田辺市政を痛烈に批判した。ただ、エコパークの中心地域にあり、リニア工事の最前線の井川地区に生活する人々は、早期着工を望む声が強い。残念ながら、リニア問題で、田辺市長は知事に地元住民らを代弁する場を与えられていない。

今回、2つの発電所の水利権更新で、異例の意見書を送ったのは、知事選では自民候補を支援する田辺市長が、川勝知事との対決姿勢を示したかったからだろう。

南アルプスエコパーク保全を求める知事の姿勢が、リニア問題を念頭にしたうわべだけのポーズかどうか、今回の水利権更新への対応ではっきりとわかるはずだ。

小林 一哉 ジャーナリスト

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こばやし・かずや / Kazuya Kobayashi

1954年静岡県生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、静岡新聞社入社。2008年退社し独立。著書に『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)等。

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