原発処理水放出、反故にされた「漁師との約束」 「本格操業再開」移行前の方針決定に強まる反発

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経済産業省および東電は2015年8月、ALPS処理水について、「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」と福島県漁業協同組合連合会に書面で回答している。今回の方針決定は、そうした約束を反故にするものに等しい。

政府の方針決定に対する全漁連の抗議文(4月13日付け)。「海洋放出反対」を明言している(編集部撮影)

今回の決定に対して、漁業関係者は強く反発している。全国漁業協同組合連合会(全漁連)は13日付けで声明を発表。2015年の回答を引き合いに出したうえで、「なぜこの回答を覆したのか。福島県のみならず、全国の漁業者の思いを踏みにじる行為である」と抗議した。

東電は2015年当時、原子炉建屋への地下水流入を抑制するため、原発の敷地内に設けた井戸から地下水をくみ上げた上で海洋に放出する方針を表明。その際に、いったん燃料デブリに触れて発生したALPS処理水については海洋放出せずに「発電所敷地内のタンクに貯留する」と確約した。しかし、わずか6年でその約束を破ろうとしている。

事故後も続く漁業の販売不振

漁業関係者の実情は深刻だ。福島県では原発事故翌年の2012年から試験操業と呼ばれる、日数や対象魚種を制限した漁が続けられてきた。魚介類に含まれる放射性物質の量を測定し、県漁連が独自に設けた基準を下回る魚種だけを市場に流通させてきた。

現在ではほとんどの魚種について放射性物質の量は検出限界値以下となっているが、販売不振は続いている。原発事故直前の2010年に2万5879トンだった福島県の沿岸漁業および海面養殖業の水揚げ量は2020年には4532トンと、事故前の2割以下の水準にとどまっている。

相馬市の原釜魚市場。試験操業で水揚げされた魚介類が取引されている(記者撮影)

福島県産の水産物を敬遠する消費者が少なくないうえ、仲買人などの流通業者が減少していることが販売不振の理由としていまだに挙げられている。

復興への足がかりをつかむべく、福島県漁連は漁の回数などを制限する試験操業を3月末で終了させ、4月からは本格操業に向けての移行期に入った。その矢先にALPS処理水の海洋放出の方針が示された。

福島県新地町の漁師・小野春雄さん(69)は「国の説明は不十分で到底納得できない」という。小野さんは3人の息子とともに試験操業を続けているが、「ALPS処理水が海に流されたら魚が売れなくなる。息子に後を継がせることもできなくなる」と危機感を強める。

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