アダム・スミスが経済学を語る上で外せない訳 「神の見えざる手」はしばしば誤解されている

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『国富論』は、その「諸国民の富」という原題の通り、富とはなにか、なにが国民にとって富にあたるのかについて述べています。

この中でスミスは、貴金属こそが富だと考える重商主義を批判し、富の源泉は人間の労働であるという「労働価値説」を唱えました。

つまり、国民の労働で生産される生活必需品や便益品こそが富であり、労働価値を高めるためには設備投資や資本の蓄積が必要だとして、ピン工場の例を挙げながら、国際的な分業と自由貿易の重要性を訴えました。

そして、個人が利益を求めて利己的に行動しても、「見えざる手」(invisible hand)によって導かれ、結果として経済はうまく回るとして、市場における自由競争によって生産性が高まるという、市場機能に基づく自由放任主義を唱えました。

逆にスミスは、個々の投資行動をいちいち指図するのは、誰も責任を取ることのできない有害無益な行為であると考えました。

『国富論』には、「見えざる手」という言葉は一度しか出てこない上に、しばしば誤解されますが、「神の見えざる手」(invisible hand of God)という言葉は一度も出てきません。

スミスの学説は産業革命の理論的支柱に

「神」に相当するものは、スミスの『天文学史』の中において、「ジュピターの見えざる手」(invisible hand of Jupiter)という言い回しで、「ジュピター」(古代ローマの最高神)として登場するだけです。

しかし、その後、この言葉はスミスが使ったもとの文脈を離れ、現在では市場における自由競争が最適な資源配分をもたらすという、市場の自動調整機能を指すものとして使われるようになりました。

こうしたスミスの経済学説は、イギリス産業革命の理論的支柱となり、それまでイギリス政府がとっていた重商主義による保護貿易政策は見直され、1830年代の自由貿易主義への転換がもたらされました。

スミスは生前、『国富論』(Wealth of Nations)に加えて、「法と統治の一般原理と歴史」(Law of Nations)に関する書物も出版する計画でしたが、死の数日前に友人に命じてほぼ全ての草稿を焼却させてしまい、日の目を見ることはありませんでした。

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