仮にMMTが正しくても「特効薬にはならない」訳 積極財政による日本経済再生の可能性と限界

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財政出動は税金や国債の発行上限に制限される必要がないと主張するMMTを論じているアメリカのエコノミストでも、完全雇用が達成されるまで財政支出をするべきだと主張しています。一方、完全雇用が達成された後は、財政出動の効果が減免するか、インフレになる可能性があるとしています。逆に、インフレになるまで、政府は支出を増やしてもいいとも言われます。

ということは、MMTの効果に関しても、財政出動は、労働生産性ではなく、労働参加率を上昇させることによって、全体の生産性を押し上げるということを意味しています。その意味においては、MMTの本質はケインズ経済学と変わらないので異論はありません。MMTの特徴は、GDPに対する国の借金比率を気にする必要はないと主張している点に集約されるように感じます。

日本は、コロナ蔓延以前に完全雇用にかなり近くなりつつありましたが、まだ完全雇用には至っていないので、財政支出を拡大する余地はあると思います。

日本にとってMMTはもろ刃の剣だ

実は、MMTの理論を吟味するのは、特に日本にとって大事です。それは、すでにGDP比の政府債務比率が世界一だからということだけではありません。

IMFは、高齢化が進んでいる国ほど、政府支出増加の効果は小さくなると分析しています。OECD加盟の17カ国を分析したところ、政府支出の増加から4年後の経済効果は、高齢化の進んでいる国では、高齢化が進んでいない国の3分の1しかなかったそうです(Aging Economies May Benefit Less from Fiscal Stimulus, August 2020)。

こうなる理由は、高齢化が進むほど、政府支出の増加が個人消費と設備投資を喚起する効果が小さくなるからです。政府支出の増加は生産年齢人口が最も大きな恩恵を受けるので、生産年齢人口の比率が小さくなるほど、その効果は薄れるのです。

高齢化が進んでいる日本にとって、経済を成長させるための政府支出はかなり巨額とならざるをえないので、MMTの活用は必要となります。しかし、労働参加率もかなり高くなっています。すでに説明したように、MMTの理論には完全雇用の制限が存在するので、適切に運用するのは相当難易度が高くなることが予想されます。

私は、政府支出の増加が日本の経済再生にプラスの効果があることは否定しません。特に、産業構造を改革するのに必要とあれば、政府支出の増加は不可避でしょう。

しかし、産業構造を改革することもなく、ただ単に政府支出を増やすだけで日本経済が再生できるかは、はなはだ疑問です。

次回以降もさらに検証したいと思いますが、人口減少を考えれば、政府支出の増加は少なくとも特効薬ではありません。このことは、繰り返し強調しておきたいと思います。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長

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David Atkinson

元ゴールドマン・サックスアナリスト。裏千家茶名「宗真」拝受。1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。日本の不良債権の実態を暴くリポートを発表し注目を浴びる。1998年に同社managing director(取締役)、2006年にpartner(共同出資者)となるが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。1999年に裏千家入門、2006年茶名「宗真」を拝受。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社入社、取締役就任。2010年代表取締役会長、2011年同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

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