ジャーナリストには孤独に耐える力が必要だ 山折哲雄×滝鼻卓雄(その3)

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法律は絶対に守るべきか

滝鼻卓雄(たきはな・たくお)
1939年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、読売新聞社に入社。論説委員、法務室長、社会部長、総務局長などを経て、2004年1月に読売新聞東京本社代表取締役社長兼編集主幹に就任。同年8月より、読売巨人軍オーナーを兼任。東京本社会長、相談役を歴任。著書に『新しい法律記事の読み方』(ぎょうせい・共著)、『新・法と新聞』(日本新聞協会・共著)がある。

滝鼻:もうひとつは、山折さんとは意見が分かれるかもしれませんが、取材対象者の基本的人権についてです。よく、取材される側の基本的人権は絶対守らないといけない、と言われますよね。たとえば肖像権にしても個人のプライバシーにしても、それからニュースソースは絶対守らないといけないと言われます。

しかし私は、必ずしもそう限らないと思っています。大事なのは、書くことのメリットと、書かないことのデメリットをはかりにかけることです。書いたほうが、一般大衆、読者、テレビの視聴者などの利益が大きいのであれば、少々おきてを破ったり、形式的に法律を犯したりしても許されるのではないか、というのが私の考え方です。

私自身、裁判所担当のグループキャップをやっていた1980年代に、こういう経験をしました。

当時、横須賀に原子力空母(第七艦隊)がしばしば寄港し、核疑惑もありました。地元の横須賀市の市長らが先頭に立って反対運動を続けていました。あるとき、米軍が市長や市会議員らの有力者を艦内に招いて見学会を開きました。その見学会のときに、浦賀の東京湾の外に船を動かして実弾発射を見せました。機関銃をちょっと発射するぐらいですが、市の幹部も不注意にも誘いにのって発射訓練に参加したのです。その様子を写真に撮っていた男性がいて、「実は市の幹部が実射訓練をした写真があります」と言って提供してくれました。私は寄港反対を訴えている幹部が、実写訓練に参加したのはニュースだと思ったのです。

山折哲雄(やまおり・てつお)
こころを育む総合フォーラム座長 1931年、サンフランシスコ生まれ。岩手県花巻市で育つ。宗教学専攻。東北大学文学部印度哲学科卒業。駒沢大学助教授、東北大学助教授、国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター教 授、同所長などを歴任。『こころの作法』『いま、こころを育むとは』など著書多数。

これは当事の横浜支局長がニュース価値の当否について、私に尋ねてきたことです。

その後、写真提供者が「ネガを返してください。あれはなかったことにしてください」と電話してきました。おそらく、圧力がかかったのでしょう。横浜の記者が「もう原稿を書いて写真も現像済みだから返せない」と言ったら、その人は大慌てですよ。「写真の権利は私にあるのだから、私の著作権を侵すことになるし、市幹部の肖像権も犯すことになる」と主張してきました。

そこで、私が非常に信用しているある弁護士に電話で相談しました。そしたら、「滝鼻くん、君が書くと言うなら書いても大丈夫だよ。もし裁判になったら、著作権違反で君は負けると思う。でも罰金はせいぜい50万だよ。書いて50万円払うのと、書かないで後悔するのと、君はどっちをとるんだ」と言われたのです。これには、目からうろこでしたね。やっぱりジャーナリスト、報道というのはこういうものだと思って、ゴーサインを出しました。というか、デスクに何も相談しないまま、独りで行動しました。結局、記事が出ても、その写真提供者は何も言ってきませんでした。

それ以来、私は記事を書くときは、書かないことのデメリットと、書くことのメリットをつねに比較するようになりました。ある人の権利を多少侵害したとしても、報道することの価値のほうが高いときには書く。それは、自分の経験や体験からくる覚悟の問題です。

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