渋沢栄一の暴挙「横浜焼き討ち」止めた意外な男 「合本主義」の下地を作った3昼夜の激論

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故郷を追われるように出立した渋沢と喜作。江戸に数日滞在したのち、京へと向かった。

攘夷計画は断念したものの、「身を立てて、国家の役に立ちたい」という渋沢の志は変わらない。天皇のおひざ元である京ならば、諸藩の大名も集まってくる。志のある同志との出会いもあるだろうと、渋沢は考えた。

京都行きにあたって、渋沢が頼った人物がいた。一橋家の家臣、平岡円四郎である。平岡は役人らしからぬ気さくさで、書生たちともよく交わり、渋沢や喜作とも懇意の仲だった。

渋沢はかつて、平岡からこんな誘いを受けたことがあった。

「君たちは、本当に国家のために尽くすという精神が見える。だが、身分が農民では仕方がない。一橋家に仕官してはどうだ」

このとき、渋沢には攘夷の計画があったため、明答を避けたが、今は事情が大きく異なる。京都で再び平岡を訪ねると、渋沢は喜作とともに一橋家に仕官する道を選ぶことになった。

最もチャンスの多い場に身を置く

すべてを失ってしまったときというのは、裏を返せば、最も身軽なときでもある。このときの渋沢は追われる身であり、慎重を期す必要はあったものの、何の責務も背負っていないという意味では、自由である。同じ計画に加担した尾高惇忠が、年長者で戸主だったために故郷を離れられず、計画の後始末に追われたのとは対照的だ。

誰にも期待されていない状況は、誰の期待にも応えられる状況ともいえよう。そんなときに、最もチャンスの多い場に自分の身を置く。そこに渋沢の卓越したセンスを感じる。

幕府へのクーデターの挫折から、一転して、一橋家の家来となった渋沢。そこでは、さらなるキーパーソンとの出会いが待っていた。

江戸幕府、最後の将軍、徳川慶喜である。

(文中敬称略、第4回につづく)

【参考文献】
渋沢栄一 、守屋 淳『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)
渋沢栄一『青淵論叢 道徳経済合一説』 (講談社学術文庫)
幸田露伴『渋沢栄一伝』(岩波文庫)
木村昌人『渋沢栄一 ――日本のインフラを創った民間経済の巨人』 (ちくま新書)
橘木俊詔『渋沢栄一』 (平凡社新書)
岩井善弘、齊藤聡『先人たちに学ぶマネジメント』(ミネルヴァ書房)

 

真山 知幸 著述家

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まやま ともゆき / Tomoyuki Mayama

1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆活動を行う。『ざんねんな偉人伝』シリーズ、『偉人名言迷言事典』など著作40冊以上。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義(現・グローバルキャリア講義)、宮崎大学公開講座などでの講師活動やメディア出演も行う。最新刊は 『偉人メシ伝』 『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』 『日本史の13人の怖いお母さん』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』(実務教育出版)。「東洋経済オンラインアワード2021」でニューウェーブ賞を受賞。

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