(第33回)職業病あれこれ・その1

山崎光夫

 「風邪の流行りはじめに現われる大人の患者は銀行員のことが多いですね」
というのはあるベテラン内科医。
 風邪が流行る冬の時期が到来すると、患者として早々に来院する人に銀行員が多いという。
 医者は実は危険な仕事である。病気そのものをかかえた相手と日々かかわっているのだから、常に感染の危険にさらされている。だが、そこはさすが専門家だけに対策を十分整えている。

 では、なぜ真っ先に銀行員が風邪を引くのか?
 貸し渋りや貸しはがしをする行員の身も案外、ストレスにまみれて免疫力が落ちているからなのか。
 「お金を扱っているからです。特にお札は不特定多数の人間が触っていて、当然、細菌も付着しています。お札が古ければ古いほど汚染度も濃厚になります」
 内科医の説明である。

 行員が札束を扇のように広げて数えているシーンを時折見かけるが、あれは自分の顔に細菌をふりかけ、また、室内に細菌を撒き散らしている行為に等しいという。撒き散らされた細菌の除去は、強力な空調設備でも追いつかないらしい。
 ある意味で、銀行の建物の中は細菌の巣窟といえるかもしれない。行員は予防のためにマスクを装着したほうがよいのだろうが、客相手では顔は隠せない。その訪れる客たちも不特定多数で、どんな病気を持っているか知れない。客もまた感染源のひとつである。

 わたしも子どもの頃、お金を触った手で物を食べるなと親に強く言われたものである。お金に付着した細菌が口中に侵入する恐れがあるので、それを注意したのだろう。
 銀行員は“お札細菌”にみまわれているので、細菌と闘っている職業といえるかもしれない。
 「案外知られていませんが、病気で退職する人が珍しくないのが銀行員です」
 ベテラン内科医の説明は、銀行という職場の実態を教えてくれた。
 医学的見地から仕事を観察すると、意外な一面が垣間見られるものだ。

 以下は、ある産業医の話--。
 地下鉄職員に皮膚病が多いという。地下道には人ごみと埃で汚れた空気が充満していて皮膚に付着するからだろうか。
 「それも大いにありますが、主な原因は太陽です」
 地下には太陽は射し込まないはずだが……。
 「日頃は地下勤務なので、当然、太陽に当たっていません。そこで、勤務のない日には、日光を取り戻そうと、職員たちは表に出て太陽に当たるのです」

 この太陽光を浴びなければという強迫観念が集中的に紫外線を浴びさせる。その反動が皮膚にただれ、かゆみ、かぶれ、湿疹、しみなどの皮膚病を生じさせるのである。
 地下鉄職員の職業病といえそうだ。
 陽に当たらねばならないと考える強迫観念こそ問題で、ごく普通に自宅から会社まで通勤していれば、特別に日光を浴びる必要はない。
 現在では、必要以上に紫外線を浴びるのは、老化を早める、皮膚ガンを誘発させるとして問題視されている。
 何事もほどほどがよいようだ。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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