日本人にとってインドは難しい市場なのか?

インフォブリッジグループ 繁田奈歩代表(下)

 企業のインド進出を多数支援してきたインフォブリッジグループの繁田奈歩代表がインドにかかわることになったきっかけは、学生時代のインドへのバックパッカー旅行だった。それ以来どのような経験を経て、繁田代表はインドビジネスへの関与を深め、「インド市場は必ずしも難しい市場ではない」と考えるに至ったのか。

 ※前編「日本企業は「現場のインド」を知らない」はこちら

私とインドとの出会い

三宅:繁田さんは、今はインドに1年の半分以上いるわけですが、なぜそういう生活になったのですか。

繁田:もともとは、最初の海外旅行がインドだったのです。大学2年生の夏休みかな。普通、大学生が初めて海外旅行に行くとなると、だいたい行き先はアメリカとかヨーロッパですよね。ところが私、英語がまったくできなくて。これは欧米は無理だと。

三宅:インドでも英語を使うでしょう?

繁田:まあ、それは置いといてですね(笑)。当時はバックパッカーブームで、タイのバンコクがバックパッカーのハブになっていたのです。だからまずはバンコクかなと思ったのですけど、その当時はインターネットがなくて、あまり情報がなかったのです。それで近所に暇そうな旅行会社があったので、そこで「初めての海外旅行なんですけど、どこがいいですかね」って聞いたら、「学生ならインド、学割があるよ」って言われて、それで決めちゃったのです。

三宅:それがインドだったわけですか。繁田さんらしい決め方ですね(笑)。おひとりで行かれたのですか。

繁田:一人旅でしたが、同じ飛行機に私と同じ年の日本人の男性が乗り合わせていたので、なんとなく話していると、やっぱり初めてインドに行くという。それで『地球の歩き方』には、夜中にデリーの空港からタクシーに乗ると、バックパッカーのための安宿のある街まで行く途中で、8~9割はだまされると書いてあるわけですよ。それで彼と一緒に安宿街まで行ったのです。そこで彼とは別れ、私はそのあと1カ月くらいインドのあちこちを回りました。

それで日本に帰国したのですが、その後、インドで一緒になった日本人の子が行方不明になってしまったという連絡がありました。結局、彼がどうなったのかは、今もわからないけれど、それがひとつの転機になりました。

あの頃はバックパッカーブームだったと言いましたが、「猿岩石」という男性タレント2人組が世界をヒッチハイクで旅をするというテレビ番組に影響を受けた人もたくさんいたと思います。テレビですから、最低限の安全確保をしながら撮影していたのだと思いますが、番組をすべて真に受けて旅をしている人がいるとすれば、これはまずい、と思いまして。

高級ホテルなら、「空港まで迎えに来てください」と言えば、迎えに来てくれる。でも1泊100円とか500円の安宿は迎えに来てくれないので、インドに着いた最初の夜のタクシー移動が、だまされる格好のルートになってしまっている。そこで私がインドで始めたのが、日本で予約してくれたら、空港に着いた初日に安宿街まで送り届けるサービスをする旅行会社みたいなものです。

三宅:なるほど。それからは、インドに行きっぱなしだったのですか。

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