日本が世界で躍進したのに今に繋がってない訳 持続的な発展の基盤が作られたかどうかは疑問

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明治の急速なキャッチアップは成功でした。世界でも稀に見る成功です。日本の歴史の中でも特異な時期です。全国民が高揚感をもった時代だと思います。

ある国家がリープフロッグによって他国を追い抜いていくとき、全ての国民が高揚感に包まれます。ポルトガル勃興期の高揚は、叙事詩『ウズ・ルジアダス ルーススの民のうた』(白水社、2000年)に描かれています。イングランドのエリザベス女王の時代の雰囲気は、シェイクスピアの作品を読めば伝わってきます。

日本の明治期もそうです。それがリープフロッグでなくキャッチアップだったとしても、社会全体が高揚感に包まれたはずです。漱石や鴎外の作品が古典としていまだに読まれていることを見ても、それが分かります。

国家関与の問題点

以上では、国家関与のポジティブな面を述べました。しかし、問題もあります。

第1は、中央集権化です。江戸時代の日本は、分権的な国家でした。藩は財政的に独立しており、自治と裁量が広範に認められていました。藩を越える人の移動は制限されていました。旅行は可能でしたが、通行手形が必要でした。統一国家というよりは、藩の集合体というほうが適切な国家だったのです。

それが、中央集権政府の下での画一的な社会になりました。急速な工業化の実現には有利に働いたのですが、新しいものを生み出すという面からすれば、問題です。

第2は、キャッチアップに満足しておごりが生じたことです。

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第3の問題は、政府依存志向を強めたことです。学校にしても官営工場にしても、政府が整備しました。すでに述べたように、これが急速な工業化を実現する上で大きな役割を果たしたのですが、同時に、政府に依存するというメンタリティを醸成することになりました。

こうした問題を考えると、持続的な発展の基盤が作られたのかどうかは、疑問だと言わざるをえません。日露戦争における日本海海戦が、日本の長い歴史の中の頂点であって、それ以後、日本は(戦後の高度成長期を除くと)、長期的な下り坂を辿っているとしか思えません。

高度成長期を過ぎた日本が衰退期に入ったとき、以上で述べたことが大きな問題となりました。1980年代頃からのIT革命で、とくに問題となりました。ITによって「資本を必要としない資本主義」がもたらされたのです。政府が資本調達に手助けをするよりは、新しいアイディアを生み出す環境のほうが重要になったのです。AIとビッグデータの時代になって、この傾向が加速されています。

野口 悠紀雄 一橋大学名誉教授

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のぐち ゆきお / Yukio Noguchi

1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社 )、『書くことについて』(角川新書)、『リープフロッグ』逆転勝ちの経済学(文春新書)など著書多数。

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