原発事故避難シミュレーションに問題あり 『原発避難計画の検証』を著した上岡直見氏に聞く

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――とすると避難計画はそもそも作る意味がない、とも考えられる?

私は原発再稼働に反対だが、だからといって避難計画を作らなくていいとは思っていない。というのは、国内のすべての原発内の使用済み燃料プールには膨大な量の使用済み核燃料が保管されているからだ。万が一、地震その他のトラブルによってプールの水が失われて、使用済み燃料が大気中に露出するような事態が生じたら、放出される放射性物質の量は、福島事故を桁違いに上回るものになる。

福島の事故で、当時の原子力委員会委員長が「最悪シナリオ」として東京までもが避難の必要な区域になるとの試算を示しているように、使用済み燃料のリスクはきわめて大きい。とにかく冷却を続けるしかないが、ある程度冷えた段階でよりリスクの少ない乾式貯蔵に切り替えていくことが望ましい。しかしその間にも事故が起きる可能性が排除できないので、避難計画は実効性のあるものを作らなければならない。

大飯原発差し止め判決の意味

――5月21日に福井地裁は大飯原発3、4号機の運転差し止めの判決を言い渡した。この判決は、避難の観点からはどのような意味を持つか。

判決では福島事故の直後に原子力委員会が作成した「最悪シナリオ」を引用して、半径250キロメートルにわたって避難が必要になる可能性を指摘している。その距離や被曝量はさまざまな要因によって変化するので、一律には評価できないが、いずれにしても、このような距離では全国どこの原発でも、数百万人あるいはそれ以上の人口が避難の対象となるから、行き先のあてもなく現実に避難は不可能だ。すなわち原発の存在そのものが非現実的だ。

――5月28日の第9回原子力規制委員会で「緊急時の被ばく線量及び防護措置の効果の試算について(案)」との資料が公表された。そこではPAZ(半径が概ね5キロメートル圏)では放射性物質の放出前に予防的に避難することが合理的とする一方で、UPZ(半径が概ね5~30キロメートル圏)では屋内退避を中心とすることが合理的と示唆している。この意図をどう見るか。

各道府県で発表されたシミュレーションの結果から、規制委員会もホンネでは、国の「指針」に示すようにUPZに住む人々が概ね1日で避難するのは非現実的だと認識しているのだろう。そこで「屋内退避中心」を推進する方向に転換してきたと思われる。一方で各道府県のシミュレーションでは、何とか「概ね1日」に合うように、段階的避難や交通誘導など、実現性はともかくとしても、さまざまな方策を提唱している。双方が整合性のない方針で動いており混乱が増している。このような状態ではとても再稼動の条件は整わない。

――上岡さんは著書『原発避難計画の検証』(合同出版刊)を通じて避難計画の問題性を住民の立場から検証した。

地元住民の方々やマスコミ関係者から特に反響があった。地元住民の方々は、福島の事故を見聞きして、ひとたび緊急事態が起きれば被曝せずに避難することは不可能であると、検討するまでもなく直観的に理解していたのではないか。それを具体的な数字として見て、やはり原発のリスクはきわめて大きく、被曝せずに避難することは不可能だと事実やデータを通じて改めて認識したという声が多かった。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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