データ・ジャーナリズムは報道を変えるか? 野球から選挙、はたまた環境問題まで

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「野球にはリッチな歴史がある。ある選手を取り上げると、過去に類似した選手が十数人は出てくる」とシルバーは説明する。そして、PECOTAの基になっているのは、人間を正確に予測することなどできないという認識だ。「だからこそ、過去のデータを用いて、現在の選手に対する知識を膨らませるんだ」。

このPECOTAの技術を野球の専門サイトに売り、シルバーもそこで仕事を始める。PECOTAはどんどん充実していき、シルバーの名前は野球ファンに知れ渡っていた。

シルバーは、選挙予想にも同様の欠点を見つけた。「政治も野球と同じ。十分に分析しようとせず、世論だけを真に受ける」。

アメリカの大統領選は4年ごとの一大事で、国中が候補者の人気の上がり下がりに大騒ぎする。人気が盛り上がっていれば、大衆が引っ張られてその候補が勝つものと信じがちだが、実際には誰が優勢のどの州から順番に投票が行われるのかのほうが重要だったという。ここでも、過去に参照となる事例の数々が必ずあるのだという。

決して無視できない、革新性

シルバーはこの選挙予想を基にしたブログ「ファイブサーティーエイト」を立ち上げ、同ブログはニューヨークタイムズ紙にもライセンスされて、人気ブログとなった。「ファイブサーティーエイト」は、アメリカ大統領選挙における選挙人の数、538人から借りたものだ。

そして3年後の2013年秋には、今度は自身のメディアサイトとしてESPN傘下で「ファイブサーティーエイト」の運営を開始することになる。データジャーナリムズだけで成り立つ初めてのニュースサイトの誕生だ。

「ファイブサーティーエイト」を見ると、政治やスポーツのほかにも、環境問題、社会問題、そしてライフスタイルがデータによって語られている。中には、髪型による女性の成功度を検討した記事や、名前と時代の関連をグラフ化した記事など、エンターテイニングなものある。

「現代的な方法で伝えること」が求められているとシルバーは言う。あやふやな印象ではなく、ましてや信条や主張でものごとを語らない。彼の目から見ると、大手新聞の有名コラムニストらの中にも、ほんの小さな事実だけを基にして大袈裟な論説に仕立て上げるケースがたくさんあるらしい。

現場よりもデータだけで語ろうとするシルバーの方法に対して、批判は確かにある。だが、洞察力のあるデータの扱い方や、サイエンスの方法論をジャーナリズムに取り入れたことの革新性は、とても無視できないものだ。

瀧口 範子 ジャーナリスト

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たきぐち のりこ / Noriko Takiguchi

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』『行動主義:レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家:伊東豊雄・観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち:認知科学からのアプローチ』(テリー・ウィノグラード編著)、『独裁体制から民主主義へ:権力に対抗するための教科書』(ジーン・シャープ著)などがある。

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