消費税軽減税率は、低所得者対策にならない 集団的自衛権と軽減税率問題は、独立して考えよ

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仮に軽減税率が導入されれば、商取引では大きな混乱が予想される。しばしば指摘されているのが、もし外食は贅沢だとして標準税率とし、テイクアウトは生活に必要な食料を購入したものとして軽減税率とすると、同じものなのに税込み価格が違うという事態に陥る。ちなみに、「外食」を法律上疑義の生じない形で定義している国はどこにもない。

さらに、生鮮食料品には軽減税率にするとしても、「トレーに乗せた魚」はどうなるか。プラスティックトレーは明らかに生鮮食料品ではないから、魚屋はトレーを標準税率で課税されて仕入れる。しかし、魚は軽減税率となるから、「トレーに乗せた魚」は軽減税率を付けて消費者に売られることになるだろう。しかし、魚屋が消費税を納税するときの手続きは、トレーは標準税率で仕入れ、魚は軽減税率で仕入れ、「トレーに乗せた魚」は軽減税率で売った、と正確に記録して納税しなければならない。

これに、一部でもうっかりミスやごまかしが生じれば、消費税を正しく納税できない羽目になる。さらに、トレーはより高い標準税率で、「トレーに乗せた魚」は軽減税率だから、仕入時に払った消費税額より売上時の受け取った消費税額が少なくなる場合もあり、その差額はいちいち税務署から還付してもらう手続きも生じる(これは、インボイスがあろうとなかろうと生じる)。他方、複数の税率を導入するとなれば、民間業者に相当な事務コストを強いることは避けられない。

軽減税率と集団的自衛権問題とは独立して考えよ

最後に、そもそもなぜ消費税の軽減税率という手段を用いることを検討しているかというと、低所得者の消費税負担の重さを慮ってのことだったはずである。低所得者への配慮は、軽減税率でしかできないのだろうか。そんなことはない。

軽減税率が適用される品物は、高所得者も購入できる。だから、高所得者も軽減税率の恩恵に浴する。そして、高所得者が軽減税率の恩恵に浴した分は、消費税収が失われてしまう。もしこの失われた税収が得られていれば、より多く低所得者に限定して給付を出すことができたはずである。だから、軽減税率は、低所得者対策としても、給付措置よりも不向きな面がある。

少なくとも、集団的自衛権の行使容認を了承する見返りに、消費税の軽減税率を早期に導入することを了承する、というように、無関係なイシューを政治的に関連付けて駆け引きに使うことだけはやめるべきである。消費税の軽減税率は、集団的自衛権の問題とは独立して考えるべき政策手段であることは、言うまでもない。消費税の軽減税率を真摯に検討したが、導入を見送ることにしたという判断もあってよい。消費税の軽減税率の是非は、そもそも低所得者対策として妥当な政策手段か否かという観点が問われている。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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