越山会の女王亡くなり、改めて思う「小沢流」

越山会の女王亡くなり、改めて思う「小沢流」

塩田潮

 3月13日、「越山会の女王」と呼ばれた佐藤昭子さんの訃報が新聞に載った。
 豊富な政治マネーを駆使した田中角栄元首相の元秘書で金庫番だったが、それだけではない。佐藤さんは自著『私の田中角栄日記』で、「57年8月9日」の項に「娘の誕生--それは至福の瞬間だった」「将来ある政治家に認知を求めるつもりはなかった」と書き残している。

 私は取材で何回かお会いしたことがあるが、2001年9月、『田中角栄失脚』という本を書くために約2時間、話を聞いた。田中内閣崩壊はロッキード事件が原因と間違って記憶している人もいるが、実際は「田中金脈」を追及した月刊「文藝春秋」1974年11月号掲載の2本の記事が引き金となった。筆が政権を倒した稀有な出来事を記録しておきたいというのが執筆の動機だが、その場合、田中氏の最側近だった佐藤さんの取材は欠かせない。

 当時、「文藝春秋」発売後、田中首相の国会での釈明問題と佐藤さんら関係者の参考人招致の動きが浮上した。佐藤さんは私の取材で「娘がいなくて私一人だったら、オヤジのために我慢してどこへでも出るつもりだった」と述懐したが、田中氏は「中国の文化大革命のときの人民裁判みたいにさらし者になるのは絶対に嫌だ」と言い続けたという。
 後に別の問題で追及を受けた中曽根元首相や竹下元首相は国会に出て質問に答えたが、田中氏は最後まで拒否して、公式の場での国民向けの説明、弁明、釈明は何一つせず、政権を降りた。国民の負託で政治を担う公人の説明責任の重要性という意識も認識も乏しかった。

 36年後のいま、「角栄の愛弟子」を自他ともに認める小沢現民主党幹事長は、奇しくも「小沢金脈」と見られる疑惑が問題になり、民主党政権の支持率低落を招いて、国会での説明の諾否、あるいは幹事長職の進退という局面にぶつかっている。
 角栄流に「説明なし」のままで身を退くのか、それとも田中氏とは違って小沢流で中央突破を目指すのか。
(写真:今井康一)
塩田潮(しおた・うしお)
ノンフィクション作家・評論家。
1946(昭和21)年、高知県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。
処女作『霞が関が震えた日』で第5回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書は他に『大いなる影法師-代議士秘書の野望と挫折』『「昭和の教祖」安岡正篤の真実』『日本国憲法をつくった男-宰相幣原喜重郎』『「昭和の怪物」岸信介の真実』『金融崩壊-昭和経済恐慌からのメッセージ』『郵政最終戦争』『田中角栄失脚』『出処進退の研究-政治家の本質は退き際に表れる』『安倍晋三の力量』『昭和30年代-「奇跡」と呼ばれた時代の開拓者たち』『危機の政権』など多数
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