ブレア元英首相に学ぶ、超一流の「聴き方」 田坂広志 多摩大学大学院教授に聞く(2)

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――その「無言の対話」は、具体的には、どのように行うのでしょうか?

「無言の対話」を行う具体的な技術としては、「間の取り方」や「話のリズム」などの技術があります。

例えば、あるメッセージを発した後、一瞬の「間」を取る。
 これは、話術における極めて重要な技術ですが、この「間」を、どの程度の長さ取るかは、その場の聴衆の空気や雰囲気によって決まります。
 この判断を誤り、「間」を長く取りすぎると、文字通り「間延びした話」になってしまいます。
 しかし、この「間」が短すぎると、「呼吸の浅い話」になってしまいます。
 ただし、ここで「長い」「短い」と言っても、わずか数秒のレベルでの時間感覚であり、この長さを最適にコントロールできるのは、まさにプロフェッショナルの身体感覚と呼ぶべき高度な技術なのです。

「リズム」による引き込み

「話のリズム」も、全く同様です。
 話術というものの一つの奥義は、聴衆全体の持つ「場のリズム」を、「話者のリズム」に引き込んでいく技術ですが、これを英語では「Entrainment」(引き込み)と呼びます。 
 ただし、その「場のリズム」よりも「話者のリズム」が速すぎる場合には、スピーチが「急いている」という印象で受け止められてしまいます。
 逆に、「場のリズム」よりも「話者のリズム」が遅い場合には、「たるい」という印象になってしまいます。
 この両極の過ちに陥らず、聴衆全体の持つ「場のリズム」を「話者のリズム」に引き込んでいくことは、話術というものの隠れた要諦なのです。

ちなみに、この「引き込み」の技術において天才的なものを持っていたのが、ナチス・ドイツを率いたアドルフ・ヒトラーです。
 彼のスピーチの映像を見ると分かりますが、スピーチの最初は、実に静かなリズムで始まります。しかし、彼のスピーチは、エンディングに向かって、身振り手振りを交えた熱狂的なリズムになっていきます。この天才的な演説に、ときに、数十万人の会場の聴衆が引き込まれていったのです。

――トニー・ブレアの話術にも、この「引き込み」の技術が使われているのですか?

そうですね。彼だけでなく、優れた話者は、例外無くと言って良いほど、この「引き込み」の技術を、密やかに使っていますね。

いずれにしても、トニー・ブレアの話術から学ぶべきは、聴衆との「無言の対話」の技術です。
 スピーチとは、話者から聴衆への「一方通行のメッセージ伝達」ではありません。
 スピーチとは、話者と聴衆との「無言の対話」なのです。
 それゆえ、我々が、話術というものを高度なレベルにまで磨いていこうとするならば、聴衆の「無言の声」に耳を傾け、聴衆との「無言の対話」を行う力を磨いていかなければなりません。
 トニー・ブレアの話術から学ぶべきは、そのことです。

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