政権交代で北欧の福祉政策は変わったか

拡大
縮小


スウェーデン前政権の財務大臣が語る与党の問題点

--現在与党の中核である穏健党と、あなたが属する社民党では、政策にどの程度の違いがありますか。

両党の違いは小さくなっています。両極端(共産主義と新自由主義)が共に失敗したからです。実際に、2006年の選挙で穏健党は、自分たちのほうがより社会民主主義的だと主張していました。

その一方で、穏健党は失業給付を大幅に縮小した。失業保険料は労働組合を通じて払い込むことになっているから、多くの組合員が労働組合から脱退したのです。これは、労働組合を弱体化させることによってスウェーデンモデルを是正しようとする、巧みな方法です。これでは労働組合運動は改革に対して後ろ向きになりかねない。組合員が減少するからです。

--構造改革では、職ではなく人間を守ることを強調しています。

そのとおり。これによって、わが党は改革に対する前向きな姿勢を打ち出しやすくなった。数年前、英国のブラウン財務大臣(現首相)と私は、『ソーシャル・ブリッジ』(社会の橋、の意味)という論文をまとめました。これは競争力を失った職から新たな職へと移動する人々に橋を提供しようという考え方です。スウェーデンの労働組合は、痛みを伴うけれども必要とされる構造改革に前向きな姿勢をとっている。まさに、職ではなく人間を守る社会保障が充実しているからです。資本主義を強化したければ、社会のセーフティネットを充実させないと。

--失業率が2ケタ近くまで上昇した1990年代の危機からどのようにして回復しましたか。

社民党は94年に政権に復帰したとき、財政赤字を削減するために非常に厳しい対策を導入しました。増税し、福祉を大幅に削った。有権者もこれを受け入れてくれました。その一方で、危機の真っただ中にあっても、国民の知識水準を向上させるために、教育には巨額の予算を割きました。4年後に巨額の財政赤字(GDPの9%)を黒字(GDPの約2%)に転じることができました。そして、国民の知識基盤を向上させたおかげで、国際的な競争力が高まった。

今や、スウェーデンモデルは多くの国から注目されています。教科書には、税金が高い国は高い成長が望めない、と書いてありますね。しかし現在、スウェーデンとデンマークは、GDPに対する税金の比率が最高であるにもかかわらず、おそらくヨーロッパで最も高い成長を達成している。

--高税率が成長を後押ししている?

そう。その例を少し挙げると、スウェーデンの育児休暇制度は世界一充実している。母親は18カ月にわたって最大で給料の80%の給付を受け取れます。これは非常に費用がかかり、GDPの1%に相当する。でもそのおかげで、女性の就業率が非常に高い。人口の高齢化を考えると、これは極めて重要なことです。

政府は、GDPの1%を研究開発に充てている。民間部門もGDP3%相当額を研究に充てていることを加えると、スウェーデンはGDPに対する研究開発費の率が世界一高いといえます。

--スウェーデンでは公共部門で働く人の割合が30%を超えていて、先進国の平均の2倍です。

政府が医療費を支払うということと、病院を民営化しないこととは別の話です。この点で、社民党と穏健党とは見解が異なります。スウェーデンにも民間の医療機関はあるが、うまくいっていません。効率化は大事ですが、介護部門では民間企業による介護が基準を満たさないという事件が続出した。そんなことからも民営化が成功するとは思えません。ただ、私たちはこの問題に関して原理主義に凝り固まっているわけではありませんよ。一部の分野では民間の提供者も存在しています。

Par Nuder
1963年生まれ。法務省勤務等を経て、94年に国会議員初当選。97~2002年に社会民主労働党政権で筆頭首相補佐官、02~04年に政策調整担当相、04~06年に財務相を務めた

関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT