(第31回)いつの間にかのスリム法・その9

山崎光夫

 私の仕事は毎日自宅にいて、しかも机の前に向かっている時間の長い座業である。健康的とはいいがたい。
 これは定年退職して家に居続ける人、つまり、私と同世代の「団塊の世代」の日常生活そのものである。ずっと家に居て3食を食べ続けるのである。
 私はいわばこの定年生活を40年以上にわたって続けているので、“定年王”といえそうだ。
 こんな王様になっても何の自慢にもならないが、王様としては、同時に病気をしないでいる必要もある。

 家に居て動かずにいれば肥満に陥るのは目に見えている。毎日、ウオーキングやジョギング、ラジオ体操などが実行できれば最良である。
 親しいベテラン内科医から、
 「心臓自体を鍛えることはできないが、第2の心臓といわれる下半身は鍛えられる」
という話をきいた。
 ところが私は怠け者なので、ウオーキングやジョギングを試みても長続きしない。
 その上に寒がりなので、冬の寒い日に寒風の中を歩きに出る勇気はない。また、真夏も苦手である。

 歩行の基本は大腿四頭筋(だいたいしとうきん)--太ももの筋力に左右される。家での居続け生活でどう下半身を鍛えるかである。
 ベテラン先生のおすすめは、正座落とし。正座して尻を上げて、そのままの姿勢を保ち、1,2,3と数え、4でストンと落とす。テレビを見ながらいつでもできる太もも体操である。
 さらに負荷をかけるため、正座して両足を少し開いて尻を畳に落とした姿勢をとり、そのまま両手でバランスをとりながら、ゆっくり後方に倒れて頭をつく。両手はバンザイする。太ももが緊張してかなりの痛みを覚える。このポーズのまま数回腹式呼吸を繰り返す。さらに後頭部を支点にして腹部を持ち上げる。呼吸を合わせながら腹部を上下させる。
 これを私は勝手に“後方ブリッジポーズ”と呼んでいる。できるようになって面白くなった。だが、またまた続かないのである。

 何か簡単に体を動かす方法はないかと思案していると、
 「風呂場の湯船でも洗ったら」
と家人に言われた。
 そこでその気になって湯船を洗うと、それも徹底的に洗うと案外力をつかう。さらに、風呂場内を洗うとかなりの力仕事である。一汗かいて爽快でもある。
 以来、家事に目覚めた。
 家事は金がかからず、手軽にでき、毎日実行できる。家に居て体を動かすには好都合だ。ふつう、家事労働というが、私は“家事運動”ととらえるようになった。

 たとえば、布団干し、床拭き、家の周囲の掃除など。とにかく、こまめに動いて処理する。
 家事運動を実行すると、床はスベスベ、風呂場はピカピカ、布団もふかふか。家族にも喜ばれる。
 だが、家事運動をしているときにふと思うのは、
 「これは家人の作戦にまんまとはまってしまったのではないか」
という懸念である。
 「でも、それでスリムになって健康を維持できるなら安いものです」
 ベテラン内科医の感想に一応納得して、せっせと今日も家事をこなしている。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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