ロボット義足、MITイノベーターの夢 「グローバル人材」たちの苦労と葛藤(3)

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ロボット義足を開発する研究室へ

そんなときに学会で知ったのが、MITのMedia LabにいるHugh Herrという先生のことだった。彼は若い頃は天才ロッククライマーとして知られていた。わずか8歳でカナディアンロッキーにある標高3500メートルのMount Templeを制し、10代ですでにトップクライマーとなっていた。だが17歳のとき、冬山をクライミング中に遭難し、救助されたものの、凍傷によって両足を失った。

しかし、彼はクライマーたることをあきらめなかった。自分の力でロボット義足を開発し、失った足を取り戻そうと考えたのだ。彼はMITで修士号、ハーバードで博士号を取った後、MITのMedia Labの教授となり、ロボット義足を開発する研究室を率いている。

Herrのことを知った遠藤さんは、あとたった半年で卒業というタイミングで慶應の博士課程を中退し、MITの博士課程に入り直した。Herrの研究室に入ることだけが留学の目的だったから、MIT以外にはどこにも出願はしなかった。自分が持っているロボット技術を使って、親友の足を取り戻すのが彼の夢だった。

彼もほかの日本人留学生と同様に授業や研究で大変な苦労をしたが、心の支えとなったのが親友の頑張りだった。彼は2度のがんの転移を経験しながらも、車いすでバスケットボールを始めたり、起業をしたりと、いつ終わるか知れない命の灯を明々と燃やして活躍していた。

遠藤さんは、親友が経験しているつらさに比べたらMITの宿題や試験なんてよほど小さなことなのだと言い聞かせ、自分を奮い立たせたという。彼のMITのオフィスの壁に、その親友がブログでつづっていた闘病記を印刷して貼ってあったのを覚えている。

足を失って困っている人はむしろ発展途上国に多い

インド、ジャイプールフットでの義足のテスト

MITの博士課程にいる間に、遠藤さんにもうひとつの問題意識が芽生えた。足を失って困っている人はむしろ発展途上国に多い。だが、自分が開発しているロボット義足はあまりにも高価で、彼らの手に届くものではない。そういった問題意識だった。

そこで彼は、D-Labと呼ばれる、適正技術を用いた途上国開発を目指すMITのコミュニティに入り、安価かつ機能的な義足の開発と、そのインドでの普及活動を始めた。

彼は実際に何度もインドへ赴き、自分がデザインした義足が現地の加工技術のみを使って作れるかを確かめ、患者たちと対面して自らの手でチューニングを施し、彼らに届けた。

遠藤さんの研究と活動は高く評価され、2012年、MITが出版する科学雑誌『Technology Review』が学内外問わず選ぶ35歳以下のイノベーター35人(TR35)のうちのひとりに選出された。これはかつて、Googleの創業者であるLarry PageとSergey Brin、Linuxの開発者Linus Torvalds、そしてFacebookの創業者Mark Zuckerbergなどが受賞した栄誉ある賞である。

2012年6月、僕は彼と一緒にMITの卒業式に臨んだ。同期入学だったからなおさら感慨深かった。彼は現在、ソニーのコンピュータサイエンス研究所でロボット義足の開発を続ける傍ら、MIT のHarrの研究室にも客員研究員として在籍し、途上国向け義足の事業を共同で行っている。

さらに、2014年には、元陸上競技選手の為末大とデザイナーの杉原行里とともに株式会社Xiborgを設立し、2020年東京パラリンピックの短距離種目での金メダルを目指して、選手の育成と義足の開発を開始した。相変わらずのスニーカーにパーカーという格好で、東京、ボストンとデリーの間を飛び回っているようだ。

MIT TR35の受賞講演にて

【講演会のお知らせ】
日本MIT会第一回「若手虎の穴」講演会&パネルディスカッション (※有料)
日時:2014年5月30日(金)19:00~ @丸ビル コンファレンススクエア Room 2

「すべての人に動く喜びを」~義足研究者のパラリンピックへの挑戦
TBS「夢の扉」等メディアでも取り上げられることの多い遠藤謙氏(MIT PhD 2012)が登壇、自身が研究開発する板バネ式競技用義足での東京パラリンピックへの挑戦について、Harvard/MIT卒パネリストの方々と議論していただきます。 

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