アメリカの中国への相互主義に危うさも潜む訳 わかりやすさと力強さは魅力だが両刃の剣にも

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「相互主義」の考え方は2017年に策定されたアメリカの国家安全保障戦略にも記載されている。外交官の行動制限と記者の制限以外にも、人民解放軍関係大学からの留学生のビザ失効、TikTok・ウィーチャットなど中国製アプリの制限、関税を使った貿易交渉など「相互主義」的な政策はトランプ政権で増加している。

こうした「相互主義」に基づく対応は、相手の不公平な状況の解消を求める点でわかりやすく、国民感情にも合致する。また、相手の非難にも「同じことをやっているだけ」と反論しやすい。他に有効な手段がない場合に「相互主義」は直截で力強い政策手段となる。香港の新聞王で民主活動家のジミー・ライは、10月1日に、トランプの「相互主義」は中国共産党に対して効果的だとツイートしている。

「相互主義」のわかりやすさと力強さは魅力的だ。しかし、記者の追放合戦は、アメリカのマイナスのほうが大きかったとの批判もある。これは、報道の自由がない中国では中国メディアから真実が報道されないので、アメリカ(西側)の記者が中国に駐在することは極めて貴重であり、アメリカと中国では記者の重要性が同等ではない、双方が記者数を制限するという形式的に「相互主義」的な対応はアメリカ側の損失が大きいという批判だ(Lucas Tcheyan and Sam Bresnick, Foreign Policy, August 20)。

また、米中貿易交渉の第1弾合意もアメリカの目的であった中国の不公正な貿易・経済慣行は変わっておらず成功とは言いがたいとの批判もある。

このように評価の分かれる「相互主義」だが、歴史のある貿易分野での「相互主義」を振り返って参考としたい。

貿易分野における「相互主義」

アダム・スミス、デヴィッド・リカードから今日まで、標準的な経済学では、相手国の関税の高低にかかわらず自国の関税は低いほうが自国にプラス(経済厚生が増す)と考える。これは低価格の輸入により消費者がメリットを受けるからである(消費者余剰の増加)。

では、なぜ無条件に自国の関税を引き下げずに、相手国の関税引き下げを条件付ける「相互主義」を求めるのが一般的なのか。それは、メリットが薄く広がる消費者の声よりも、輸入により打撃を受ける生産者の声が強いため、自国経済全体ではメリットのある関税引き下げが国内政治プロセスの中で実現しないからである。これを乗り越えるためには、交渉で相手国の関税引き下げを勝ち取り、輸出増加で利益を得る自国生産者に応援してもらう必要がある。こうした貿易自由化の達成手段としての「相互主義」を「積極的相互主義」と呼ぶ。

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