F・D・ローズヴェルトという極めて異質な大統領 「ニューディール・リベラリズム」とその終焉

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ローズヴェルトのニューディール政策の評価は微妙というしかありません。総じて不徹底で、政府支出による景気回復というアイデアを提唱したジョン・メイナード・ケインズはまるで自分の顔に泥を塗られたように感じたのか、かなり辛辣な評価を下しています。しかし、アメリカ史におけるニューディール政策の意味はもっと社会的に重要な含意がありました。

かつてのウッドロー・ウィルソン(第1次世界大戦時の大統領)も民主党でしたが、ビッグビジネスを規制し、連邦政府の権限を強化して「動員体制」を作り出しました。そして、すでに第1次大戦で経験した動員体制がローズヴェルトの一連の政策により、準備万端整ったのです。不徹底ではあっても、ニューディール政策(政府による公共事業政策を通じた計画経済)によって大恐慌をとにもかくにもしのいでいました。このときのアメリカと旧日本帝国は戦ったわけです。

戦後の大統領の系譜

佐々木:戦後も基本的には民主党優位の時代が続くことになりました。

石川:ローズヴェルトは4期目の途中で亡くなります。そして、副大統領のハリー・トルーマンが第33代大統領に昇格しました。日本に原爆を落としたのはこの人でした。彼のあと一度だけ、ヨーロッパ戦線の英雄アイゼンハワーが共和党から第34代大統領になりますが、その後、第35代大統領ケネディ、第36代大統領ジョンソンと、「ニューディール・リベラリズム」と呼ばれる時代は続き、基本的に民主党優位で推移します。

ケネディ、ジョンソンの時代(1961〜1969年)は、「冷戦」が始まり、緊張が高まるなかで、国内では「赤狩り」(red purge、共産主義思想の取り締まり)が行われていました。これはアメリカ外交政策の深刻な足枷でした。アメリカが認めていたのは蒋介石の中国であり、国共内戦(国民党と共産党による中国の内戦)により中国大陸が共産党政権になり、中華人民共和国になりました。つまり、アメリカとしては、中国を丸々失ったかたちになったわけです。

アメリカはこうした劇的な外交情勢の変化に対応しなければならなかったのですが、アメリカ国内は赤狩りの圧力がとても強かったので、非常に言論が息苦しかった時代なのですね。熟議がしにくかった時代で、みんな建前を言っていたような時代でした。

このような時代に出てきたのが、テレビ時代のホープとなった、第35代大統領ケネディです。テレビがなければニクソンがなるはずだったところ、結局ケネディが逆転勝利します。テレビの登場よりも前の時代は、影響力があったのはせいぜいラジオで、もっと前は活字と“噂”でした。 

佐々木:ケネディが大統領像を変えたとも言われますが。

石川:ケネディ以前の大統領は、みな笑わない大統領でした。それはなぜかというと、「イエスは笑わない」からです。大統領はイエスを彷彿とさせるキングでなければならないうえ、慈愛をたたえたほほ笑みはいいですけどゲラゲラと笑ってはいけない。

またウィットがNGでした。リチャード・ホーフスタッターが『アメリカの反知性主義』で指摘していますが、ウィットというのは小賢しい、ヨーロッパの知識人の作法なのです。ウィットに比べればものすごく下品なジョークのほうがはるかにマシで、小賢しい感じのするものはアメリカの活字やラジオでは印象がよくない。ただこのころから、テレビの前で白い歯を見せて笑う姿が少しずつ出てくるのですね。それがケネディでした。

ケネディの暗殺のあと昇格したリンドン・ジョンソンは「偉大な社会」を唱え福祉政策をいくらかは実現しましたし、1965年の移民法改正によって「原国籍割当制度」を廃止し、そして何よりも1964年の公民権法に署名した大統領だったので、その意味でもニューディール・リベラリズムの成果は続いてはいました。しかし冷戦構造の中でベトナム戦争に突入しニューディール・リベラリズムに影がさします。ベトナム戦争は、第37代大統領ニクソン(共和党)になって(1969年)、長い期間をかけて終わらせます。

幕引きに時間がかかったのも、背景にあったのは赤狩りでした。停戦を考えていると見なされると「共産主義にくみするのか」と言われるわけです。そして、結局、みんなが「撤退したい」という本音を言えないまま、なかなか戦争終結できない。日本史においてもすでに経験していることだと思いますが、どこの国でも多かれ少なかれ、似たようなところはあるのだろうと思います。デイヴィッド・ハルバースタムの『ベスト&ブライテスト』という本の中でよく描かれていると思いますが、つねにビクビクして話している雰囲気がありました。

その後、ニクソンは、いわゆるニクソンショック(ドルと金の兌換停止による混乱)のあとウォーターゲート事件で辞職しまして、共和党のフォードが昇格で第38代大統領になりますが再選されず、民主党のカーターになります(1977年)。

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