アメリカ建国の英雄は民主制を否定していた? 「1つの国家」と言えない政治体制・社会だった

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ところが、ジャクソンが当選する1828年の選挙が近づくにしたがって、やはりリパブリカンズのなかから明らかにリパブリカンズの考えではない人たちが別れていくのです。

1828年の大統領選挙ではクインジー・アダムズは国民共和党の大統領候補として選挙に臨んでいます。その後、ホイッグ党(北東部の商工業者が支持基盤)、自由土地党(西部の独立自営農民が支持基盤)、禁酒党(キリスト教徒などから発生)などさまざまな諸政党(「第3政党」と呼ばれる)ができます。残ったリパブリカンズのメンバーたちは、自らを「デモクラッツ・パーティ」と名乗るようになります。これが今日の「民主党」の始まりです。このことは、アメリカ史に限らず思想史上で重要な契機でした。

「民主主義」はアメリカ西部で生まれた?

佐々木:なぜ「民主党」の結成がそれほど重要なのでしょうか。

石川:なぜかというと、ヨーロッパの政治思想史においては、民主主義(デモクラシー)というのは悪しき政治体制とされていて、これはアリストテレス以来言われてきた常識だったのです。民衆が賢明なわけがなく、多数者支配なんていうものは統治の名に値しないとされてきました。これは知識人の中では常識に類することでした。

ところが、アメリカという文脈においてデモクラシーというのは、初めて良い意味、つまり正当化根拠に変化したということです。それが可能になったのは、まったく学校教育を受けたことがないジャクソンなればこそであり、彼にヨーロッパ的知性があればおそらく自らを民主党と名乗るのは恥ずかしくてできないはずです。研究者によっては、アメリカン・デモクラシーというのは古典古代のギリシア由来ではなくて、アメリカの西部において生まれたものなのだ、という主張をする人もいます。

民主党に関してもう1つ重要なのは、事実上、それが南部の奴隷農園プランターの政党だったということです。これはジェファソンのリパブリカンズ以来の伝統で、民主党はその後継政党だったことによります。その後、民主党内の混乱に乗じてホイッグ党などの政党も大統領を輩出していますが、これは一時的なもので、趨勢としてはリンカンが登場する前までは民主党支配の時代といえます。つまり南部の農園プランターが基本的にアメリカを支配し続けていました。

南部の農園プランターというのは、数としては非常に少ない。1850年の統計ですが、南部諸州の白人人口は約600万人しかいませんでした。そのうち1名以上の奴隷を所有しているのが約35万人で、この中でもまともなプランテーションを経営していたのはたったの8000人しかいませんでした。黒人奴隷は約325万人だったので、白人のほとんどが貧農かプア・ホワイトと呼ばれるプロレタリアートだったのです。

したがって、事実上、大プランターの8000人が南部諸州を支配していたのです。とても歪な社会構造だったと言わざるをえません。普通選挙ですから、数が少ないのは不利であるはずですが、それでも資金力と政治経験で北部の選挙マシーンを動かして、大統領選挙と上院は押さえられる。下院は人数が多くないと難しいのですが、国の要所は押さえることはできました。

繰り返しになりますが、ほとんどのアメリカ人は奴隷農園プランターではないわけです。ですから先にあげたホイッグ党、自由土地党、さらに奴隷制廃止を掲げる諸党派(漸次的奴隷制廃止論者から、急進的に奴隷制廃止を求めるアボリッショニスト)、また南部でも大プランター支配に反対する人々よりなる立憲民主党、さらに民主党員ではあるけれども北部に拠点を持つ政治家など、民主党の中核を担う人々とは異なる政治団体は数多く存在していました。

しかし、小選挙区制のアメリカにおいては、とにかく相手よりも1票でも多く取らなければならないため、まとまりのある大プランターの民主党に対して、ホイッグ党などの小さい第3政党では、どうにも勝てない時期が続きます。つまり南部諸州の歪な構造が、アメリカ全土に及んでいる状況が続いていました。

それを打破するために、民主党以外が大同団結して作ったのが「共和党」で、その舞台が1860年の大統領選挙です。この民主党に勝つことだけを目指して作られた、いわば野合政党の共和党の大統領候補に指名されたのが、後に第16代大統領となるエイブラハム・リンカンでした。

石川 敬史 帝京大学文学部教授

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いしかわ たかふみ / Takafumi Ishikawa

1971 年生まれ。北海道大学大学院法学研究科法学政治学専攻博士課程単位取得退学。博士(法学)。現在、帝京大学文学部史学科教授。アメリカ史、アメリカ政治思想史専攻。著書に『アメリカ連邦政府の思想的基礎――ジョン・アダムズの中央政府論』(渓水社、2008 年)、『岩波講座 政治哲学2 啓蒙・改革・革命』(分担執筆、岩波書店、2014 年)、『教養としての世界史の学び方』(共著、東洋経済新報社、2019年)ほか。

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佐々木 一寿 経済評論家、作家

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ささき かずとし / Kazutoshi Sasaki

横浜国立大学経済学部国際経済学科卒業、大手メディアグループの経済系・報道系記者・編集者、ビジネス・スクール研究員/出版局編集委員、民間企業研究所にて経済学、経営学、社会学、心理学、行動科学の研究に従事。著書に『経済学的にありえない。』(日本経済新聞出版社刊)などがある。

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