(第14回)数学大国江戸の日本~算聖関孝和~(その5)

●建部兄弟の入門


一関市博物館所蔵

関孝和は独立独歩の天才が故に、広く理解されることが難しかったといえます。一人の天才が現れたことで事情が一変しました。建部賢弘(たけべかたひろ)の登場です。関は1640年ごろの生まれ、建部賢弘は1664年の生まれ、24歳離れた二人が和算を極めていくことになったのです。10歳の建部賢弘は13歳の兄賢明(かたあきら)とともに関に入門しました。めきめきと能力を磨いていき、次第に天才の片鱗をみせていくことなりました。関の偉大さは高弟建部賢弘によって深く理解され、紹介されたのです。関と建部の関係を見ていくことにしましょう。

<建部賢弘年表>
1640年ごろ 関孝和誕生
1664年 建部賢弘誕生
1674年 関孝和『発微算法』(関孝和は甲府徳川綱重の家臣)
建部賢明と賢弘が関に入門
池田昌意『数学乗除往来』
1681年 佐治一平『算法入門』
1683年 『研幾算法』
関孝和『拾遺諸約之法・翦管術解』『方陣之法』『角法並演段図』『解伏題之法』
1684年 『円理綴術』
1685年 『発微算法演段諺解』
関孝和『解隠題之法』『開方翻変之法』『題術弁議之法』『病題明致之法』『解見題之法』
1686年 関孝和『関訂書』
1690年 『算学啓蒙諺解大成』
徳川綱豊の家臣・北条源五衛門の養子となる
1695年 関孝和『四余算法』
1701年 徳川家綱に仕える
1704年 関孝和、江戸に移り、幕府直属の士となる。
1708年 関孝和没
1710年 『大成算経』関没三回忌
1712年 関遺稿『活要算法』
1722年 『弧背術』
1722年 『綴術算経』
1722年 『辰刻愚考』
年代不詳『算暦雑考』
1739年 享年76歳

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