(第29回)いつの間にかのスリム法・その7

山崎光夫

 江戸時代・元禄期に活躍した儒医の貝原益軒(1630~1714)は自分と夫人の体重を測っている。
 今日においても体重管理は健康の目安を知る上で基本のキだが、益軒は300年以上前に実行している。
 だが、著書『養生訓』の中では体重測定には触れていない。おそらく、現代のように手軽に計れる体重計が普及していなかったからと思われる。

 益軒自身、体重を測るにはかなりの準備を要したと思われる。棹秤(さおばかり)を用意して、使用人総出の大がかりな作業だったにちがいない。それでも体重を測る益軒の狙いは何だったのか。
 科学性、実証性を重んじる益軒は、体重こそ養生(健康)を維持する上で重要と認識したにちがいなかった。それまで「体重」に言及した医学書はないので、これは益軒の発見である。益軒は日記に、「身重」と表現している。「体重」は一般用語ではなかったことがわかる。
 益軒はおそらく体調と体重の関係に注目したと思われる。
 体調不良に陥れば痩せてくる。
 食べ過ぎれば動きがきつくなる。
 外出しないで家でくすぶっているとこれまた動くのが億劫になる……。
 こうした、体調と体重の関係を知る上で、「身重」こそ重要と認識したのである。

 益軒は夫人と共に、生涯、5回ずつ体重を測定したという記録が残っている。第1回目は益軒が54歳のときだった。メートル法に換算して身長は155センチ(当時の成人男子の平均身長)、体重は52.5キログラムだった。そのBMI<体重(キログラム)÷{身長(メートル)×身長(メートル)}>を割り出すと、「21.85」だった。「22」が標準とされているから、益軒の体重は理想的だったといえる。スリムな儒学者、本草学者だった。
 益軒は夫人の「身重」も測っている。封建時代の江戸・元禄期に妻の体重を測るという発想も特筆に値する。家族全員の健康こそ一家の幸福という認識が益軒の心情である。生涯、夫婦円満だった。
 ちなみに、32歳の夫人の体重は、35.25キログラムで、BMIは、「17.65」。痩せの領域だった。(平均身長、143センチ)夫人は生まれつき病弱タイプながら、62歳まで生きた。背景には益軒の健康への配慮、予防、治療があったと思われる。スリムゆえの夫婦長命だった。

 そのスリム益軒が推奨する野菜がある。大根である。野菜農業全書ともいえる著書『菜譜(さいふ)』のなかで、「もっとも益ある物なり」として、野菜の中で第一にあげている。『養生訓』の中でも絶賛して紹介している。
 大根は、汁物や煮物にしても他の食材と合うばかりか、干して漬物にもできる。大根おろしはてんぷらや焼さんま、シラス干しなどに欠かせない。切干大根は保存食として流通している。応用範囲の広いのが大根である。
 大根は今日、アミラーゼ、オキシダーゼなどの消化酵素や有害物無毒化物質を含有していることが分かっている。まさに、「益ある物」である。
 ところで、益軒の生まれ育った福岡(筑前)には、「がめ煮(筑前煮)」なる郷土料理がある。
 鶏肉と大根、それに野菜(里芋、にんじん、ごぼう、れんこん、たけのこなど)をコンニャク、干し椎茸とともに鍋で、水と砂糖、醤油とともにじっくり煮込む家庭料理。要するに野菜のごった煮である。
 貝原家の食卓にいつも上っていた料理と思われる。筑前煮を常食していれば、益軒なみにいつの間にかスリムになるだろう。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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