(第9回)フェルマーその頂上への遙かなる道~谷山豊に捧げるレクイエム~(その5)

●数学者志村五郎氏との電話

清司氏と会ってから数ヶ月が過ぎたとき、私は国際電話をかけていた。時差を考え、朝のはやい時刻であった。女性の声で「志村です」と聞こえた。事情を話す私の心臓はいつもの倍のリズムを刻んでいた。そして、志村五郎氏本人が電話口にでた。非常にはっきりとした口調に自然と背筋が伸びた。私は電話をするまでのいきさつを伝えた。そして聞こうとしていた本題にはいるやいなや志村五郎氏は谷山・志村予想について堰を切ったかのように語り始めた。残念ながらそのすべてをここに紹介することはできない。しかし、その電話のインタビューで私がわかったポイントだけを述べることにする。谷山・志村予想と呼ばれているがそれは非常に不愉快であるということ。谷山が語ったことは不正確であり、後に志村五郎氏が定式化したことがいわゆる谷山・志村予想そのものである。ゆえにそれは「志村予想」と呼ぶのがふさわしいということ。研究は志村氏により谷山豊とはまったく独立になされたということ。

この電話インタビューは国際電話であることを忘れてしまうほどの時間続いた。そしてそれが終わったとき、私は呆然としてしまった。このときようやく谷山豊に対するセンチメンタルな思いが消えていた。世界の志村五郎氏との話からプロの仕事の厳しさが伝わった。同時に、谷山の遺言の言葉の意味がわかった気がした。当時海外に出て研究をするということはけっして嬉しいことだけではなく、逆に大きな責任を負うことを意味していた。結果を出すことができなければそれは即地位を失いかねなかった。だから谷山はプリンストン行きを相当考えた上で受けたのである。

以前、高校で行った講演会で、生徒から次のような質問を受けたことがある。
「ガロアやガウスのような天才と自分の凡庸さをくらべたときに、数学研究に向かう気持がくじけてしまいます。先生はどんな風に考えていますか」
 これに対する私の返事は、
「一番大切なのは、神様から与えられた自分自身の頭と能力をどれだけしっかりと使うか、自分の可能性をどこまで引き出せるかであって、他人と比較しての優劣ではない。彼らは皆、与えられたものを最大限に生かし切ったという意味で偉大なのだ。だから、それは君にだってできる」
であった。私は谷山豊のことを思い浮かべながら答えた。

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