沢木耕太郎「旅も人生も深めるなら1人がいい」 「どのような局面でも面白がることはできる」

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鮮烈な感性と斬新な文体で注目を集めてきたノンフィクション作家の沢木耕太郎さん(撮影:今井 康一)
香港、マカオ、そしてデリーからロンドンへ。30年以上前、”バックパッカーのバイブル”などとも呼ばれ、アルバイト代で買った格安航空券を握り締める当時のロスジェネ世代が、それぞれに冒険へと踏み出し世界を歩くきっかけとなった不朽の名作、『深夜特急』。
ユーラシアを横断し、乾いた風の中を疾走する長距離バスに乗り、雨に降られ、異国の仕草や言葉や色が溢れる雑多な路地裏の匂いを嗅ぎ、人々の思惑や優しさに触れ、やがて華やかな欧州の大都市へと向かったあの沢木耕太郎氏は、意外なことにもう70代だ。異国を旅し続けた作家が意外にも初めて日本国内を旅して綴り、今春刊行したエッセイ集『旅のつばくろ』(新潮社)に、2020年の私たちはいま、人生の歩き方を学びたい。(文中敬称略)

「行き先を決めたときに、旅はもう始まっている」

コロナ禍で自宅に閉じ込められ、本を読むしかなかったという40代の友人が『深夜特急』文庫版全6巻(新潮社)を25年ぶりに再読して、こうため息をついた。「吹き上げるようなエネルギーと狂気。これは学生時代の私に海外旅行ならぬ”海外冒険”を教えてくれた、価値観をひっくり返すような作品だったんですよ」。

知識と覚悟があれば、貧乏学生でもバックパック1つ背負って1人で世界を歩けるのだと知った。何不自由なく用意された綺麗な観光旅行ではなく、現地の日常の中をその日の興味がおもむくままに旅して、日本の暮らしでは出会えない人々に出会い、漂白されていない貧困や危険、悪意にも出会った。自分が大人になっていく気がした。

やがてサラリーマンになり、家庭も持った今ではもう、ある程度の金額と引き換えに安全と清潔を保証された家族旅行か、あらかじめ万端に手配された出張しかしなくなってしまった。「あんな冒険は、もう一生できないのかもしれない。でもコロナが落ち着いたら、また旅に出たいって思いましたよ、いつになるのかわからないけれど」。

そんな40代働き盛りの友人の言葉を伝えるべく準備して、新潮社会議室の扉を開けた向こう側、沢木耕太郎は静かに立ち上がって取材チームを迎え入れてくれた。こんなご時世ではもう旅行どころじゃないですよねと嘆いてみせるインタビュアーに、作家はこう答えた。「しばらく旅行は無理かもしれないね。でもほら、思い描いている時点でもう物語の半分はできているわけだから、半分旅をしているんだよ」。遠くへ出かけられない私たちにも、旅はもう始まっているのだと。

次ページつばめのように軽やかに。そう、人生も、旅も。
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